硫黄島からの手紙
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劇中の栗林忠道陸軍中将の家族への手紙は、後世に編まれた『「玉砕総指揮官」の絵手紙』(吉田津由子編、小学館文庫[3]に基づいている。

日本では2006年12月9日に公開され、アメリカでは2006年12月20日に限定公開された。2007年1月12日にアメリカ国内のより多くの地域で拡大公開され、1月19日にはほとんどの州で公開された。第79回アカデミー賞では作品賞を含む4部門にノミネートされ、音響編集賞を受賞した。2008年4月7日には、英語吹替版がプレミア上映された。
ストーリー

2006年、東京都小笠原諸島硫黄島。戦跡の調査隊が、地下壕の地中に埋められていた鞄から数百通もの手紙を発見した。それは、61年前、この島で戦った兵士たちが、家族に宛てて書き残したものだった。

太平洋戦争の戦況が悪化しつつある1944年6月、小笠原方面最高指揮官・栗林忠道陸軍中将(渡辺謙)が硫黄島に降り立った。本土防衛の最後の砦とも言うべき硫黄島の命運は、栗林率いる小笠原兵団に託されていた。着任早々、従来一般的であった水際防衛作戦を否定し、内地持久戦による徹底抗戦に変更、また部下に対する理不尽な体罰を戒めた栗林に兵士たちは驚きの目を向ける。今までのどの指揮官とも違う男との出会いは、硫黄島での日々に絶望を感じていた応召兵・西郷陸軍一等兵二宮和也)に、新たな希望の光を抱かせる。

栗林が水際防衛や飛行場確保に固執する海軍軍人らの反対や突き上げを抑える中、食料も水も満足にない過酷な状況で掘り進められる地下陣地。張り巡らせたこのトンネルこそ、アメリカ軍を迎え撃つ秘策だったのだ。

1945年2月19日、事前の砲爆撃を経て、ついにアメリカ軍が上陸を開始する。緒戦で海岸の砲台トーチカはすぐに制圧され、摺鉢山も陥落する。谷田大尉ら摺鉢山の人員は現地指揮官の命令によって自決するが、持久戦を命じる栗林からの連絡を立ち聞きした西郷、そして清水洋一(加瀬亮)は自決せず、栗林の意図に従って北部の部隊に合流しようとする。

戦局が悪化する中、林少将(ケン・ケンセイ)は独断で反撃を行おうとする。この命令は栗林によって撤回されたが、前線に情報が行き渡らずに約1000名の将兵が戦死する。伊藤海軍大尉(中村獅童)も林少将の命に従い元山飛行場を奪還しようとし、出撃間近で西中佐に止められるが、伊藤は西を罵倒し指揮下の部隊を率いて陣地の外へ出る。自身の命令が行き渡らず将兵を死なせたことに憤慨する栗林の元に、大本営から無線が届く。友軍は硫黄島には送れない、最後まで大義を貫徹せよという、事実上の玉砕命令であった。

西率いる連隊の残余とともに栗林の元に撤退する途中、戦いに疲れ果てた西郷と清水はアメリカ軍への投降を決意し、清水が先に地下陣地から出ていく。清水はアメリカ兵への投降に成功するが、見張りのアメリカ兵が後送の手間を省くため、彼を無抵抗のまま銃殺してしまう。そして西も負傷して視力を失い、部下たちを先へ進ませるとひとり自決する。西郷は命からがら栗林の居る司令部に辿り着き、死を覚悟して妻に手紙を書く。

遂に栗林は自ら兵を率いて最後の総攻撃を敢行する。一方、栗林から機密書類の焼却を命じられた西郷は一人陣地に残っていた。翌朝、遅れて陣地から出た西郷は、被弾して倒れた栗林を見つける。栗林は「ここはまだ日本か」と西郷に問い、西郷の「日本であります」という言葉を聞いた後、かつてアメリカ駐在中に贈られた拳銃を使って自決を遂げる。栗林の遺体を埋葬した西郷はアメリカ兵たちに見付かり、大円匙を振り回して抵抗を試みるが、捕まって生還する。

再び現代、調査隊が西郷によって埋められた手紙を発見するシーンに戻り、映画は幕を下ろす。
登場人物

※は実名で登場する、実在した人物(階級は当時のもの)栗林忠道陸軍中将。写真は留守近衛第2師団長時のもの。

栗林忠道(くりばやし ただみち) ※:渡辺謙
陸軍第109師団長 兼 小笠原兵団長。階級は陸軍中将。硫黄島守備隊に新しく着任した指揮官。着任早々、従来の日本軍の攻撃方法である水際作戦を取りやめさせ、また不用意な突撃(いわゆるバンザイ突撃)、指揮官の兵士に対する体罰を禁ずるなどの施策を行ったことから、兵士からは驚きの目で見られるとともに歓迎されるが、指揮下の将校たちからは異端の目で見られる。在米日本大使館の駐在武官を務めた経験があり、米国の生産技術や軍事力を侮ってはいけないと部下たちに忠告する。また腰には駐在武官時代に「友情の証」として米国軍高官から贈られたコルトM1911のカスタマイズモデルを携行している。

西郷昇(さいごう のぼる):二宮和也
硫黄島守備隊に所属する兵士。階級は陸軍一等兵。応召兵であり、軍役に就く前は妻である花子とともにパン屋を営んでいた。物資に余裕がある時代はあんパンカステラを作っていたが、戦局が悪化し憲兵があらゆるものを持ち去っていったことなどから、憲兵出身である清水にあまり良い印象を持っていない。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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