石原裕次郎
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)裕次郎が気持ちだけは頂くというと、石原プロ入りを志願した[35][36]。
関町進は、石原プロの車両部として作品に携わり、裕次郎の逝去前まで付き人兼運転手を務めた[37]。
その他
前述の通り公式上の生年月日は1934年12月28日だが、運転免許証によると戸籍上の生年月日は6日後の1935年(昭和10年)1月3日とされている[38]。
1961年12月9日(土曜日)、翌日の10日に開業する伊豆急行線の開業式典にヘリコプターで伊豆急下田駅へ駆けつけた[39]。
主演した『赤い波止場』はジャン・ギャバン主演の、日本で特に人気が高いフランス映画の名作『望郷』が元ネタである[40]。『赤い波止場』のリメイクである渡哲也主演の『紅の流れ星』も『望郷』を手本にしている作品であるが、主人公像はギャバンではなくてゴダール『勝手にしやがれ』のジャン・ポール・ベルモンドがモデルである。これは国民的ヒーローのギャバン=裕次郎と、アウトローなベルモンド=渡という主演スターのイメージや個性・持ち味の違いからきている[41][42]。
1964年の日活映画『太陽西から昇る』において、当時東宝撮影所近くに存在した石原の自宅(現在は解体済)がロケーションで使用された[43]。
1980年1月に成城の自宅(上神明遺跡内)において、古墳時代の遺跡、土器が発見されたこともある。それが歴史的大発見で話題になった。石原プロの俳優だった苅谷俊介は、裕次郎邸の遺跡発見がきっかけとなって考古学に目覚め、同社を退社して考古学研究の道に踏み出すこととなった[44]。
『太陽にほえろ!』で共演した渡辺徹は、石原からどんな所に住んでいるかを聞かれ、「アパートの三階」と答えたところ、石原の成城の旧自宅をあげると言われ喜んだが、光熱費などだけでも数百万を要することから、当時新人で給料も安い渡辺は、貰うことを諦めたという[45]。
亡くなった1987年7月17日にはテレビ朝日では急遽19:30から1時間半近い特番が組まれた[注釈 7]。これにより、当時金曜19:30にレギュラー放送されていた「宇宙船サジタリウス」は10月2日で放送終了が決まっていたが1話分放送できなくなり、急遽翌3日の土曜日に19:30から放送されることになった[注釈 8]。
『大都会 PARTIII』の終了後、日本テレビからパートW製作の打診を受けた一方で、テレビ朝日からは大都会の流れを踏襲した様な、新たな刑事ドラマの製作を持ちかけられた。これを聞いた石原は、日本テレビのおかげで石原プロの経営が良好になったこともあり、その義理からテレビ朝日の打診を一蹴した[46]。しかし、義理よりも金銭的に有利なテレビ朝日のオファーを小林正彦専務が強引に押し進める形で、日本テレビからテレビ朝日に鞍替えし、『西部警察シリーズ』が製作されることとなった[46]。
同じ日活出身で、当時『太陽にほえろ!』レギュラー出演した俳優の中で、唯一故人となっていた沖雅也の自殺に相当なショックを受けていた石原は『太陽にほえろ!』最終回において、沖が演じたスコッチ刑事に言及してアドリブで命の大切さを説く演技を見せた[16]。
家族・親族 小樽にて家族写真
(左から父・潔、裕次郎、母・光子、兄・慎太郎)兄・石原慎太郎
2009年8月28日
東京都庁第一本庁舎
都知事執務室
石原家
(愛媛県松山市・八幡浜市・大洲市、兵庫県神戸市須磨区、北海道小樽市、神奈川県逗子市、東京都)
父・潔(山下汽船社員)
1899年(明治32年)12月生 - 1951年(昭和26年)10月没
母・光子
1909年(明治42年)9月生 - 1992年(平成4年)6月没
兄・慎太郎(作家、政治家)
1932年(昭和7年)9月生 - 2022年 (令和4年) 2月没
妻・まき子(元女優)
1933年(昭和8年)7月生 -
子・なし
甥・伸晃、良純、宏高、延啓
裕次郎は良家の子弟というイメージがあるが、父・潔は山下汽船のサラリーマンであり、旧制中学も出ていない身から叩き上げて関連会社役員にまで出世した人物である。戦後の新興中流階級に属する。
略系図詳細は「石原慎太郎#家族・親族」を参照 石原潔━光子 ┣━━━━━━━━━━━━━┓ 石原慎太郎━典子 石原裕次郎━まき子 ┃ ┣━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┓ 石原伸晃 石原良純 石原宏高 石原延啓
出演
映画
実写映画『狂った果実』(1956年)
『太陽の季節』(古川卓巳監督、1956年5月17日公開、日活、伊豆役)
『狂った果実』(中平康監督、1956年7月12日公開、日活、滝島夏久役)
『乳母車』(田坂具隆監督、1956年11月13日公開、日活、相沢宗雄役)
『地底の歌』(野口博志監督、1956年12月12日公開、日活、ダイヤモンド冬役)
『月蝕』(井上梅次監督、1956年12月19日公開、日活、松木役)
『若ノ花物語』(森永健次郎監督、1956年12月26日公開、日活)
『人間魚雷出撃す』(古川卓巳監督、1956年12月26日公開、日活、黒崎中尉役)
『お転婆三人姉妹 踊る太陽』(井上梅次監督、1957年1月1日公開、日活、大助君役)
『ジャズ娘誕生』(春原政久監督、1957年4月3日公開、日活、南条春夫役)
『勝利者』(井上梅次監督、1957年5月1日公開、日活、夫馬俊太郎役)
『今日のいのち』(田坂具隆監督、1957年6月26日公開、日活、岩本岩次郎役)
『幕末太陽傳』(川島雄三監督、1957年7月14日公開、日活、高杉晋作役)
『海の野郎ども』(新藤兼人監督、1957年8月20日公開、日活、千鳥松役)
『鷲と鷹』(井上梅次監督、1957年9月29日公開、日活、千吉役)
『俺は待ってるぜ』(蔵原惟繕監督、1957年10月20日公開、日活、島木譲次役)
『嵐を呼ぶ男』(井上梅次監督、1957年12月28日公開、日活、国分正一役)
『心と肉体の旅』(舛田利雄監督、1958年1月9日公開、日活)
『夜の牙』(井上梅次監督、1958年1月15日公開、日活、杉浦健吉役)
『錆びたナイフ』(舛田利雄監督、1958年3月11日公開、日活、橘役)
『陽のあたる坂道』(田坂具隆監督、1958年4月15日公開、日活、田代信次役)
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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