真言
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多神教であるヒンドゥー教の影響を受けて、あるいはヒンドゥー教に対抗するために[注 25]、仏尊の複数化すなわち如来菩薩等の多数の諸仏の信仰が生まれ、呪術や儀礼を重視するヒンドゥー教の教理が仏教の中に浸透し、マントラを唱えることで仏教の最終目的である成仏が可能であるとする大乗仏教として発展していった[注 26]

2世紀以降にはパリッタ的な呪文を中心とする単独の除災経典が現れた。『般若経』、『法華経』、『華厳経』等には「陀羅尼」、「明呪」、「真言」等の呪文が説かれており、これらは瞑想における精神統一の手段として念誦されたり、悟りの智慧の表現として用いたり、あるいは『ヴェーダ』におけるマントラのような呪術的な目的で読誦されるなど、用途は様々である。
初期密教

バラモン教やヒンドゥー教の呪術的な要素が取り入れられた初期密教では、『ヴェーダ』の形式を模した様々な仏教特有の呪文が作られた。当時は特に体系化されたものはなく、釈迦の説いた諸経典に呪文が説かれており、諸仏・過去七仏・弥勒をはじめとする無数の菩薩や、インドラヤマヴァルナソーマなど『ヴェーダ』に登場する神々に帰依する呪文を唱えることで、守護・安寧・病患滅除などの現世利益を心願成就するものであった[注 27][注 28]

3世紀に成立したと考えられる『持句神呪経』や4世紀前半に成立した『仏説大金色孔雀王呪経』に、呪句を唱えた紐を病人に結び付ける治病法が登場するが、これは『アタルヴァ・ヴェーダ』の呪文に近似しており、当時の仏教教団内に『アタルヴァ・ヴェーダ』の呪法が定着していたことが明らかである[注 29][注 30]。4世紀前半に成立した『檀特羅麻油述経』では、釈尊は悪鬼に悩まされる息子ラーフラに対して、鬼神を避ける呪経である「仏辟鬼神呪」を読誦すれば、火・水・毒・刀・呪詛などの災難に遭うことがないと説いている。

非アーリヤ部族及び低力ースト種族を仏教に同化していく過程で、彼らの女性もしくは地母神への信仰を採り入れたため、非アーリヤ部族や低力ースト種族の信仰する神や農業女神の名[注 31] が含まれるようになった。真言、陀羅尼に含まれるいくつかの語が語義不明なのは、以上のような歴史的背景があるためであると考えられている。
中期密教

ヒンドゥー教の興隆に対抗するために体系化された中期密教では、釈迦が説法する形式の大乗経典とは異なる大日如来または大毘盧遮那仏が説法する形式の密教経典が編纂された。7世紀頃に『大日経』や『初会金剛頂経』が成立すると多様な仏尊を擁する密教の世界観が誕生し、密教における仏尊の階層化・体系化が進んでいった。前期密教の真言・陀羅尼が除災招福を中心とする現世利益であったのに対し、中期密教の真言・陀羅尼は悟りを求め成仏するための手段としての性格を強め、それまで別箇であった印契・真言・観法の「三密」を統合した組織的な修行法が完成された[注 32]。空海によって日本に伝えられた真言密教はここまでである。
後期密教

後期密教では性的儀礼などの特異な内容が含まれるため、中国本土の倫理観と相容れず、日本にも伝わらなかった。インドでの仏教滅亡後はチベット仏教にその名残をとどめている。

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中国密教

中国では仏教の伝播とともに道教の呪禁の法と融合し、相互に影響し合った。真言は三密(身・口・意)の中の口密に相当し、極めて重要な密教の実践要素となった。

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日本密教

真言は、日本では真言宗天台宗修験道禅宗等で幅広く用いられる一方、最大勢力である浄土真宗では念仏を重視するため用いない。

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チベット密教

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ネパール密教

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構成

真言や陀羅尼の多くは、呪句の前に「帰命句」と呪句の終末に「成就句」が加わるが、帰命句と成就句は存否一定しない。

真言の呪句は、仏尊の「種子」から成るもの、仏尊の「名」や「密号」から成るもの、仏尊の本誓を説いてその徳を讃嘆するもの、仏尊の三昧耶形を示す語より成るもの等がある。

陀羅尼の多くは、仏尊や三宝に帰依する宣言文+Tadyath?[注 33]+帰命句+本文+成就句で構成される。Tadyath?は、「即ち」、「曰く」などと訳される。陀羅尼の本文は、仏尊への呼びかけや賛嘆、誓願の動詞、土着の宗教に由来する意味不明な単語等を羅列したもので、長文であることが多い[注 34]。陀羅尼のTadyath?以後を真言として唱える場合や、陀羅尼の一部を抜き出して真言のように唱える場合もある[注 35]

帰命句は、大きく分けると以下の二つに分類される。

namas

o?

の形式があり、両者が併用される陀羅尼や真言もある。

「namas」は、サンスクリット語で「お辞儀する、敬礼する、崇拝する」を意味する動詞で、漢訳では「帰命」「敬礼」等と訳される。namasはサンディ(連声)のため、次にくる単語の最初の音によって「nama?(ナマハ)」や「namo(ナモー)」に変化する。漢訳経典では、「nama?」は「曩莫」・「納莫」等、「namo」は「曩謨」・「南無」等、namasは「南無悉」等と音写された。日本では宗派によって読み癖が異なるが、前者は「ノウマク」・「ナウマク」等、後者は「ノウボウ」・「ナモー」等と読まれる。

帰命句には、よく使われる定型文がある。

nama? samantabuddh?n?? ?(ノウマク・サマンダ・ボダナン・?)

nama? samantavajran?? ?(ノウマク・サマンダ・バザラダン・?)

namo ratna-tray?ya ?(ノウボウ・アラタンノウ・トラヤーヤ・?)

namo bhagavate ?(ノウボウ・バギャバテイ?)

など。詳細は「南無」を参照

「nama? samantabuddh?n?? ?」は、しばしば「o?」で代用される。
聖音

真言には多用されるいくつかの聖音が存在する。(中:中国慣用音、日:日本慣用音、チ:チベット慣用音、ネ:ネパール慣用音)
オーム(日:オン,チ:オン)
サンスクリット語の「o?」で、漢訳では「?」と書かれる。密教系では「オン」、禅宗では「エン」と読まれることが多い。真言の冒頭に用いて帰命の意をあらわす神聖な音で、末尾の「ソワカ」とともに多用される。本来はバラモン経の聖音で、ヴェーダを誦読する前後、また祈りの文句の前に唱えられるものであったが、仏教にも取り入れられ真言の頭首に置かれるようになった
[注 36]。詳細は「オーム (聖音)」を参照
スヴァーハー(日:ソワカ,チ:ソーハー)
サンスクリット語の「sv?h?」で、漢訳では「薩婆訶」、「娑婆訶」「莎訶」等と書かれる。


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