真言
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サンスクリット語の「vidy?」、パーリ語の「vijj?」を訳したもので、本来は「知識」や「学術」を指す語である。古代インドにおいて学問・科学と呪法は一体であり、病を癒すための医術や毒蛇を避ける魔術やなど凡人の知りえない神秘的な知識・呪術の意味で用いられていた[注 5]。初期仏教教団は、「ma?tra」や「vidy?」を否定していたが、後に毒蛇を退散させる蛇除けの呪文(vidy?)を黙認するようになり、これが後の呪法の発展に繋がった。大乗仏教においては仏が説く真実の智慧、真実の言葉の意味で用いられ、さらに不可思議智の結晶である神秘的な呪文を指すようになった。唱えることで無明の煩悩を破除し衆生を化度するものとされ、漢訳経典では「明呪」・「明」と訳した[注 6]。「五明」も参照「明王」も参照
心呪

サンスクリット語の「h?daya」の訳で、直訳すると「心臓」・「心髄」・「核心」の意味だが、「手段」・「伝達方法」の意味もある[11]。請願の意思を伝えるための手段としての呪文である。「h?daya」と呼べるものが最初に確認できるのは『仏説大金色孔雀王経』で、「h?daya」を「心呪」と訳している[注 7]。「h?daya」を鳩摩羅什は「大明呪」と、支謙は「神呪」と漢訳しており[注 8]、これらから「h?daya」を「呪文」の意味で訳していることが明らかである。『般若心経』では、「h?daya」は「神呪(真言)」であり「明呪」であると説いている[注 9]。『般若心経』より時代が下った密教経典の漢訳でも「h?daya」を「真言」、「明呪」と同一視している。[注 10]
陀羅尼

梵語の「dh?ra??(ダーラニー)」を音訳したもので、「総持」、「能持」等と意訳される[注 11]。「dh?ra??」は、「保つ」・「保持する」を意味する「dh?ra??(ダーラナー)」を起源とする語で、本来は「精神を統一しその状態を持続すること」を指していたが[12]、後に精神統一や諸尊の憶念や教義を記憶するための教え(持句)を指すようになった[13]。陀羅尼経典である『仏説無量門微密持経』(支謙訳)では、「陀羅尼」とは仏の功徳や徳性を列挙した持句で、これを思念することによって正覚にいたることを目的とするものとある。精神統一や仏随念のための手段である「陀羅尼」が次第に呪文化され、その神秘的な響きから唱えることによって現世利益を得られると信仰されるに至り、後に密教が成立すると「陀羅尼」は「真言」を包摂する形で説かれるようになり、やがて同一視されるようなった。陀羅尼の本文が、核心となる語を羅列した意味稀薄な文言であるのは、具体的な意味のある言葉だと日常的な連想や雑念を呼び起こすためとも、理解力の劣る仏教初心者やサンスクリット語を使用しない非インド・アーリヤ語系の者に仏教教義の核心を伝えるためとも言われる[14]。詳細は「陀羅尼」を参照
種子(種字)

仏尊を象徴する一音節の呪文であり、真言の一種。種子真言ともいわれる。サンスクリット語の「b?ja(種子、神髄)」+「ak?ara(文字)」から成る「b?j?k?ara(マントラの頭文字)」の訳。草木の種子が根茎を含蔵するように一字に無量の法を含み、種子から草木が生じるように功徳を出生することから種子という。種子は梵字を神秘的に解釈し、仏尊の名称や真言から取った一音節を梵字に表すもので「種字」とも書かれる。胎蔵の種字は真言の最初の音節を、金剛界の種字は真言の最後の音節を取ることが多いが、仏尊名の一音節を取ったものや仏尊の本誓を象徴する一字を取ったものもある[注 12]。真言には様々な形式があるが「帰命句+種字」で構成されるものも多い。詳細は「種子 (密教)」を参照
その他の分類

善無畏の『大日經疏』では真言を以下の五種に分類する。[注 13]
如来説 ? 大日如来や釈迦如来等の真言。

菩薩金剛説 ? 観音菩薩や地蔵菩薩等の真言。

二乗説 ? 舎利弗迦葉目連等の真言。

諸天説 ? 梵天や夜摩天薬叉などの諸天の真言。

地居天説 ? 龍・鳥・修羅等の真言。

真言を形式(長さ)によって、以下の三つに分類することもある。
大呪 ? 「根本呪(m?la mantra)」、「大心呪」ともいう一般的な呪。

中呪 ? 「心呪(h?daya)」、「心真言(dh?ra??-h?daya)」ともいう。

小呪 ? 「心中心呪」、「随心呪(upah?daya mantra)」ともいう。

成立

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仏教以前

真言(マントラ)の起源は仏教成立以前に遡る。アーリヤ人インドに侵入する以前のインド・イラン共通時代に、彼らは火神(アグニ)にマントラを捧げて敵を退け病を癒し害毒を除くことを祈っていた。インド侵入後に成立したとされる『リグ・ヴェーダ』の中には火神に捧げるマントラが多く記述されている[注 14]。アーリヤ民族と原住民族が接触し融合するにつれ[注 15]、その宗教信仰も習合することで『リグ・ヴェーダ』、『ブラーフマナ』、『ウパニシャッド』、『アタルヴァ・ヴェーダ』等が成立し、盛んに息災・増益・降伏等の呪術が用いられるようになった。

ヴェーダ時代のマントラは、神々への帰依、祈願、讃仰の聖句であり、除厄、招福のために唱えられた。当時は民衆の間にバラモン教の呪文が浸透しており、例えば一般家庭においても『家庭経(G?hya-s?tra)』等によって家庭内での祭式が詳しく規定され、出産時、命名時、結髪式、結婚式など万般の際に、必ず火を用いて神に捧げる呪文を唱えていた[注 16]
初期仏教

釈迦は当初呪術的行為を禁止したとされるが[注 17]、教団が拡張するにつれ、日常生活の中に習慣づけられている呪文を厳禁することが難儀になったとともに、広く民衆に布教するための方便として旧来の信仰と調和しこれを善導するために、仏教修行の妨げにならない限りは、世俗の呪文を用いることが容認された[15][16]。一般民衆とくに農村部への布教活動を展開していく過程で、教団内では呪文が多く用いられるようになっていたが、その中でも護身の呪文として、パーリ語で「パリッタ(paritta)」(護呪)といわれる経が知られている[注 18]。呪術的な「パリッタ」の一例として、比丘が毒蛇を避けるための『カンダ・スッタ(蘊経/khanda sutta)』が挙げられる。これは、蛇を含むすべての生類に慈悲を示し、その慈悲の力で毒蛇に咬まれることを避けようとする護身・除災を目的とした呪文である[注 19]。『カンダ・スッタ』は、こうした古くからあった蛇除けの習俗が仏教教団内に持ち込まれたものであり、これが発展して後の『孔雀王呪経』の成立に繋がったと考えられている。[注 20]

大乗仏教興起以前に唱えられていた呪文は、バラモン教に由来する護身の呪文や「パリッタ」等釈迦によって説かれた経典を唱えて障害を防ごうとするものであった。パリッタの護身呪はその後、南伝系・北伝系を問わず仏教経典に呪文として入りこみ、やがて個々の病気平癒の効果をもたらす呪文が用いられるようになり、後に真言へと成長していく[注 21][注 22]
大乗興起

紀元前後に、アーリヤ人の宗教であるバラモン教と先住民の信仰との融合が起こりヒンドゥー教が形成された。神にマントラを捧げれば救済されるというヒンドゥー教の単純明瞭で実践しやすい教え[注 23] は民衆の支持を受け隆盛し、仏教を圧倒する勢いを示すようになった。初期仏教教団は指導者も比丘も大半がバラモン階級の出身であり[注 24]、幼い時からバラモン教の教えの中で生活していた彼らにとって、ヒンドゥー教の教義や多神教の概念は受け入れやすいものであった。多神教であるヒンドゥー教の影響を受けて、あるいはヒンドゥー教に対抗するために[注 25]、仏尊の複数化すなわち如来菩薩等の多数の諸仏の信仰が生まれ、呪術や儀礼を重視するヒンドゥー教の教理が仏教の中に浸透し、マントラを唱えることで仏教の最終目的である成仏が可能であるとする大乗仏教として発展していった[注 26]

2世紀以降にはパリッタ的な呪文を中心とする単独の除災経典が現れた。『般若経』、『法華経』、『華厳経』等には「陀羅尼」、「明呪」、「真言」等の呪文が説かれており、これらは瞑想における精神統一の手段として念誦されたり、悟りの智慧の表現として用いたり、あるいは『ヴェーダ』におけるマントラのような呪術的な目的で読誦されるなど、用途は様々である。
初期密教

バラモン教やヒンドゥー教の呪術的な要素が取り入れられた初期密教では、『ヴェーダ』の形式を模した様々な仏教特有の呪文が作られた。当時は特に体系化されたものはなく、釈迦の説いた諸経典に呪文が説かれており、諸仏・過去七仏・弥勒をはじめとする無数の菩薩や、インドラヤマヴァルナソーマなど『ヴェーダ』に登場する神々に帰依する呪文を唱えることで、守護・安寧・病患滅除などの現世利益を心願成就するものであった[注 27][注 28]

3世紀に成立したと考えられる『持句神呪経』や4世紀前半に成立した『仏説大金色孔雀王呪経』に、呪句を唱えた紐を病人に結び付ける治病法が登場するが、これは『アタルヴァ・ヴェーダ』の呪文に近似しており、当時の仏教教団内に『アタルヴァ・ヴェーダ』の呪法が定着していたことが明らかである[注 29][注 30]


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