真正細菌
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地球上の全細胞数は5×1030に及ぶと推定されており、その生物量は膨大である。また、その代謝系は非常に多様であり、細菌は光合成窒素固定有機物の分解過程など、物質循環において非常に重要な位置を占めている。熱水噴出孔冷水湧出帯などの環境では、硫化水素メタンなどの海水中に溶解した化学化合物が細菌によりエネルギーに変換され、近隣環境に生息する様々な生物が必要とする栄養素を供給している。植物や動物と共生寄生の関係になる細菌系統も多く知られている。地球上に存在する細菌種の大半は、未だ十分に研究がされておらず、その生態や物質循環における役割が不明である。研究報告がなされた細菌種は全体の約2%に過ぎないとも推定され[2]、実験室での培養系が確立していないものが大半である。

腸内細菌発酵細菌、病原菌など、ヒト(人間)をはじめとする他の生物との関わりも深い。通常、ヒトなどの大型生物は、何百万もの常在菌と共存している。例えば腸内細菌群は、多くの動物において食物の消化過程に欠かすことのできない要素である。ヒト共生細菌の大半は無害であるか、免疫系の保護効果によって無害になっている。多くの細菌、特に腸内細菌は宿主となる動物にとって有益な存在である。共生細菌に限らず、細菌の大半は病気などを引き起こす存在とは考えられていない。

しかし極一部のものは病原細菌として、ヒトや動物の感染症の原因になる。例えばコレラ梅毒炭疽菌ハンセン病腺ペスト呼吸器感染症など病原性を持ち感染症を引き起こす細菌が知られている。このような感染症を治療するために、ストレプトマイシンクロラムフェニコールテトラサイクリンなど、様々な細菌由来の抗生物質が探索され発見されてきた。抗生物質は細菌感染症の治療や農業で広く使用されている一方、病原性細菌の抗生物質耐性の獲得が社会的な問題となっている。

また、下水処理流出油の分解、鉱業におけるパラジウム等の金属回収などにも、細菌は広く応用利用されている。食品関係においては、微生物学が展開するはるか以前から、人類はチーズ納豆ヨーグルトなどの発酵過程において微生物を利用している。

細菌は対立遺伝子を持たず、遺伝子型がそのまま表現型をとり、世代時間が短く変異体が得られやすく、さらに形質転換系の確立によって遺伝子操作が容易である。このような理由から、近年の分子生物学を中心とした生物学は、細菌を中心に研究が発展してきた。特に大腸菌などは、分子生物学の有用なツールとして現在でも頻繁に使用されている。
呼称

各言語での呼称は、ラテン語が Bacterium、日本語および中国語が「細菌」である。1828年クリスチャン・ゴットフリート・エーレンベルクが、顕微鏡で観察した微生物が細い棒状であったため、古代ギリシア語で「小さな杖」を意味する βακτ?ριον (bakt?rion)から造語し、ラテン語で “Bacterium” と呼んだことに由来する。この複数形が Bacteria である[3][4][5]。日本語の「細菌」の語の発案者は不明であるが、1895年明治28年)には『細菌学雑誌』が創刊され、19世紀末には既に使われていた[要出典]。

なお、「細菌」には「菌」という漢字が使用されているが、狭義の菌類(真菌)には含まれない。同様に、細菌とは別グループの生物である「古細菌」には細菌という語が使われているが、この記事が説明する狭義の細菌に含まれない。分類学上の「菌類」(Fungi)、「細菌」(Bacteria)、「古細菌」(Archaea)は、別々の独立した生物である。

このほかの呼称としては、真正細菌(Eubacteria)や Monera(モネラ)などがあるが、いずれも古い用語であり、使用頻度は下がっている[要出典]。真正細菌(Eubacteria)は、かつて古細菌が細菌とみなされていた時代に(Archaeabacteria と呼ばれていた)、これと区別するために使用されていた単語である。ただし、現在でもトーマス・キャバリエ=スミスら著名な研究者の一部がこの語を用いている[要出典]。
起源と初期の進化細菌、古細菌、真核生物の系統樹。下部の縦線は最終普遍共通祖先(LUCA)を表している[6]。各ドメイン内の分岐順序については多くの異説があることに注意。

地球上において、細菌は古細菌とともに生命発生の最初期の頃から存在すると考えられている[7][8][9]ストロマトライトなどの細菌由来と想定される化石が存在しているものの、大部分が単細胞性で極めて小さく、独自の特徴的な形態などを持っていないため、地質学的に細菌の進化史を解明するには多くの困難がある。一方で、現生の細菌がもつゲノム情報を検討することで、細菌の系統学的な進化プロセスが推定されており、細菌と古細菌の分岐は真核生物の誕生よりも前に遡ることが示されている[10]

細菌と古細菌の共通祖先(最終共通祖先(英語版)、LUCA)は、35-40億年前頃に生息していた超好熱菌の一種であるとする仮説が出されている[11][12][13]。ただし、それら初期生命体の生息環境が海であったのか陸地であったのかさえ定説は存在しない[14][15]

細菌は、古細菌とともに真核生物の誕生と進化に深く関与している[16]。例えば、アルファプロテオバクテリア網に属する細菌が、真核生物の祖先となる古細菌内に細胞内共生ののち細胞内器官として取り込まれ、現在の全ての真核生物が持つミトコンドリアハイドロジェノソームの元となった、というシナリオが考えられている。さらには、ミトコンドリアを既に保持していた一部の真核生物が新たにシアノバクテリアを細胞内に取り込み、今日の藻類や植物が持つ葉緑体を形成したと考えられている。これは一次共生(primary endosymbiosis)として知られている[17]
生育環境

細菌は、通常の土壌や湖沼はもちろん、地殻、大気圏熱水鉱床、水深1万m以上の深海底、南極氷床といった、生物圏とされている地球上のほぼ全ての環境に分布する[18][19]。地球上には、約2×1030細胞もの細菌が存在していると見積もられている[20]

細菌は湖や海、北極の氷、さらには地熱温泉[21]などでも豊富に見られ、温泉環境などでは硫化水素メタンなどの溶解した化合物をエネルギーに変換することで、生命を維持するために必要な栄養素を作り出している[22]。特に土壌は細菌が非常に豊富に存在する環境であり、数グラムに約1億個の細菌が含まれている[23]。細菌は有毒な廃棄物を分解し、栄養素をリサイクルする存在として、土壌生態学の観点からも不可欠な存在である。


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