目黒川
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皀樹橋(さいかちばし) - 東京都道416号古川橋二子玉川線(駒沢通り)

田楽橋

なかめ公園橋

中里橋

田道橋(でんどうばし)

ふれあい橋
目黒区目黒、目黒新橋より

目黒新橋 - 東京都道312号白金台町等々力線(目黒通り)

太鼓橋

(鉄道橋) - 東急目黒線

亀の甲橋

市場橋

谷山橋 - 東京都道418号北品川四谷線及び首都高速2号目黒線 東急池上線の鉄橋

本村橋

五反田大橋 - 国道1号桜田通り

大崎橋 - 東京都道317号環状六号線(山手通り)。目黒川みんなのイルミネーションのコースのひとつで、ゴール地点

(鉄道橋) - 東急池上線

ふれあいK字橋

上目黒川橋梁 - JR山手線及び山手貨物線

山本橋

御成橋 - 東京都下水道局芝浦水再生センターの下水処理水を8時30分と9時 - 21時の一時間ごとに散水(日没後にはライトアップされる)

鈴懸歩道橋

小関歩道橋

森永橋 - かつて森永製菓の工場があったことから

居木橋 - 山手通り。目黒川みんなのイルミネーションのコースのひとつで、2016年にコース延長に伴い、スタート地点を小関歩道橋から変更

(鉄道橋) - JR山手線他

御嶽橋

目黒川橋梁(鉄道橋) - JR東海道本線及び(京浜東北線)

要津橋

東海橋 - 国道15号(第一京浜)

(鉄道橋) - 京急本線新馬場駅(ホームが川を跨ぐ)

荏川橋 - 荏川橋から品川橋に続く荏原神社の川岸には桜が植えてあり、桜の名所として紹介されることもある。

鎮守橋 - 荏原神社の参道があったが、目黒川の流路変更に伴いこの橋になった。

品川橋 - 旧東海道

新品川橋

洲崎橋

昭和橋 - 東京都道316号日本橋芝浦大森線海岸通

アイル橋 - 東品川海上公園

東品川橋 - (天王州通り)

描かれた目黒川

ここでは、絵画などに描かれた目黒川について解説する。なお、千代が池(2)は目黒川北岸にあった池である。

1. 『
江戸名所図会』巻3 所収「太鼓橋」
長谷川雪旦画。天保5年(1834年)?天保7年(1836年)刊行。墨摺絵。目黒川に架かる石造りの太鼓橋とその周辺を描いている。最寄りの旧景勝地「夕日の岡」が背景に見られない画角であることや、橋向こうの家屋が手前の家屋よりかなり低い位置にあることから、行人坂の側(高所側)から南南東方面を描いたものと考えられる。

2

3


2. 歌川広重名所江戸百景』より『目黒千代か池(めいしょえどひゃっけい めぐろ ちよがいけ)』 
名所浮世絵揃物名所江戸百景』第23景。安政4年(1857年)刊行。板元魚屋栄吉。縦大判錦絵

3. 歌川広重 『名所江戸百景』より『目黒太鼓橋 夕日の岡(めいしょえどひゃっけい めぐろ たいこばし ゆうひのおか)』
名所浮世絵揃物『名所江戸百景』第111景。安政4年(1857年)刊行。板元は魚屋栄吉。縦大判錦絵。目黒川の上流側から東南東方面を描いている。かつては夕陽に映える木立の紅葉が美しいと絶賛される有名な景勝地であったが、当時すでに見る陰も無くなってしまっていた「夕日の岡」を、これも有名な目黒太鼓橋と共に描く絵師は多かった。広重は、この図では暗い空から牡丹雪が静かに舞い降りる雪景として描いてみせた。一面雪景色の中、目黒川は画面奥へと流れている。道行く人々は男性達のにも女性の差す和傘にも雪が降り積もっている。これら雪の表現は全て紙の白地を活かして描かれている。ここの太鼓橋は江戸では珍しい石造り(石造アーチ橋)として誰もが知るところであった。橋を画面左へ向かえば行人坂、右へ向かえば目黒不動道(目黒不動へ到る街道)で、左手はここから険しい上り坂、右手は緩やかな下り坂である。左手奥に山のような斜面が見えるが、これが「夕日の岡」で、江戸時代には熊本藩細川家江戸下屋敷の敷地内にあった(※現在はホテル雅叙園東京の敷地内になっている)。右手前に屋根だけ見えているのは、しるこ餅を売る茶屋「正月屋」かも知れない。20年以上前に刊行された『江戸名所図会』にこの家屋が表側から描かれていて、暖簾に書かれた屋号も確認できるのであるが、時期がかなり離れているため、同じ店が存続していればの話になる。

5. 歌川広重 『冨士三十六景 東都目黒夕日か岡』 [8]
安政5年(1858年)刊行。板元蔦屋吉蔵。縦大判錦絵
歌と目黒川

この川をモチーフにした楽曲を複数の歌手が発表している。

公表年歌手名曲名収録アルバム名
2002年
KAB.目黒川向日葵
2004年奥井亜紀目黒川cyclong
2010年miwaめぐろ川don't cry anymore

この他、2012年2月29日に発売されたFlowerの楽曲「SAKURAリグレット」の歌詞のフレーズにも目黒川が登場する。

2018年3月28日に、西島三重子の「目黒川」が発売されている。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ 湾岸開発に伴い現在の河口付近は直線的となっている。
^ この旧河道は現在の八ツ山通りとなった。

出典^ 山本和夫『目黒区史跡散歩』学生社、1992年、p73
^ 「ヒヤヒヤの中小河川 整備計画足ぶみ 無秩序な都市化も一因」『朝日新聞』昭和42年9月8日夕刊、3版、11面
^ FASHION PRESS 目黒川が青の洞窟に!中目黒に神秘的なクリスマスイルミネーション出現
^http://nakameguro-aonodokutsu.jp/
^ “目黒川のハゼに大はしゃぎ”. 産経新聞朝刊(東京面). (2017年5月30日). https://www.sankei.com/article/20170530-5WNQDJAGONOYRI6CB6EWS5EWJQ/ 
^ a b “目黒川荏原調節池建設事業” (PDF). 全日本建設技術協会. 2023年1月2日閲覧。
^ “船入場調節池(目黒川)” (PDF). 東京都建設局. 2023年1月2日閲覧。
^ “ ⇒10 東都目黒夕日か岡”. 浮世絵に聞く! 江戸・富士・東海道・木曽街道を巡って(個人ブログ) (2015年9月10日). 2019年4月15日閲覧。

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