田村明浩
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影響を受けたベーシストとしてザ・フーのジョン・エントウィッスル、アイアン・メイデンのスティーヴ・ハリスを挙げている[1]。他にはジョン・ディーコンからも影響を受けている。また、ベーシスト以外ではマイケル・シェンカーにも影響を受けたと語っている。
草野との交友が始まったきっかけは、ともに当時第一線でブレイクしていたバンドよりもユーライア・ヒープやチープ・トリックのファンで話が合い、意気投合したため。
交友関係
元Jリーガーの中山雅史とは藤枝東高校の同級生。雑誌で対談もした。なお、中山は田村がスピッツのメンバーと知った時、「あの地味だった田村?」と、驚いていた。
ウルフルズのベーシストであるジョン・B・チョッパーとは大の仲良しで、ジョンBのウルフルズへの復活にも一役買っている。
音楽活動
『インディゴ地平線』収録の「ほうき星」と『ハヤブサ』収録の「俺の赤い星」の作曲を手がけた。
スピッツの楽曲はメロディがシンプルであるが、それに対して非常にうねりの激しい凝ったベースラインを付ける傾向にある。本人曰く、自身のプレイについては「あまり深く考えずに感じたままをプレイしているだけ」とのこと。
ライブでの「8823」や「俺のすべて」といったアップチューンになると突如として暴れまくるパフォーマンスには定評がある。ステージを文字通り縦横無尽に駆け回り、ベースのシールドがぬけたり、ストラップが外れたりしても、問答無用で叩きつけるように弾きまくり、時にはドラムスのシンバルまで素手で叩き出す、ステージ上を降りるなどといった衝動に満ちたプレイスタイルはスピッツのライブの一つの見せ場になっている。また、「けもの道」のイントロのベースソロを変幻自在にアレンジし、緊張感を煽る様も同じくライブのクライマックスにしばしば用いられる。なお、これらのステージングは、ライブDVD『放浪隼純情双六 Live 2000-2003』などに収録されている。
スピッツとしての活動の他に「MOTORWORKS」を石田ショーキチ・黒沢健一・ホリノブヨシらと結成し、2004年にデビューしている。
ベーシストであるがギターソロに対する美学や情熱はかなりのもので、MOTORWORKSではギターソロディレクターと呼ばれている。
レコーディングではまれにドラムス以外のパーカッションを担当していることがある。
ライブ、レコーディング問わず多彩なベースを使用することでも有名でフェンダー、ギブソン、リッケンバッカー等のスタンダード系からケンスミス、マイク・ルル、カールトンプソン等のハイエンド系。ハグストロームやテスコ、ヘフナー等のビザール系のベースも使用している。
GOING UNDER GROUNDの石原聡にベースを貸した事があり、『同じ月を見てた』のレコーディングの際に使われた。
脚注^ a b “ ⇒PROFILE”. 2015年6月7日閲覧。
関連項目
静岡県出身の人物一覧
ベーシストの一覧
外部リンク
SPITZ OFFICIAL WEB SITE
スピッツ 。Spitz - UNIVERSAL MUSIC JAPAN
表
話
編
歴
スピッツ
草野マサムネ (Vocal & Guitar) - 三輪テツヤ (Guitar) - 田村明浩 (Bass) - 崎山龍男 (Drums)
シングル
表
話
編
歴
スピッツのシングル
1990年代
91年
1.ヒバリのこころ
2.夏の魔物
3.魔女旅に出る
92年
4.惑星のかけら
5.日なたの窓に憧れて
93年
6.裸のままで
7.君が思い出になる前に
94年
8.空も飛べるはず
9.青い車
10.スパイダー
95年
11.ロビンソン
12.涙がキラリ☆
96年
13.チェリー
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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