田中義剛
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現在は実業家としてのイメージが強いが、シンガーソングライター時代はメッセージ色の強い楽曲で、吉田拓郎長渕剛を受け継ぐ、という評価もされ、実際、長渕は田中に惚れ田中の前座をやるとまで言うほどだった[2]
牧場の開業

1994年、事務所からの借金により北海道河西郡中札内村に「花畑牧場」を開業した。開業当初はチーズなどの自家生産に失敗し、出荷したが返品されたこともあった。本人の話によると「カビた商品が返って来る事もあった」。借金は合計4億円(2万坪の土地購入資金に銀行の融資が2億円、傾きかけた事業の再生に向けて所属事務所アップフロントプロモーション(当時アップフロントエージェンシー)から1億円、損失が1億円)となった。30人いた従業員も続々と辞めて、田中と1人残った従業員の2人だけになり、一時は土地を売却し自己破産を迫られる危機的な状況に陥っていたが、土地は「資産価値無し」と査定され売却さえ難しい状態であった。

そこで、一時控えていたタレント活動を増やし、少しでも牧場の知名度をあげて話題に取り上げて貰えればと、番組共演者やスタッフに自社製品を手土産にしていた。持参したチーズの味を気に入った関係者の紹介で、レストランをはじめとする飲食店に少しずつではあるが販売経路を見出せるようになった。中でも恵比寿の人気ラーメン店、九十九ラーメンのトッピングにゴーダチーズ(北海道十勝ゴールデンゴーダチーズ・商標登録5641816号)が採用されたことは、反転の大きなきっかけになる。チーズの風味の劣化を最小限に抑えるため、客に提供する直前におろしたチーズを山盛りにトッピングした商品は、目新しさも伴って同店の看板メニューのひとつとなった。1990年後半のラーメンブームにさしかかっていた時期でもあり、人気ラーメン店特集に同店が取り上げられる折には「花畑牧場産のチーズを使用」と紹介され、他の飲食店からも問い合わせが来るという好循環に恵まれ、経営を持ち直すきっかけになった。

その後も田中の営業は弛みなく、自信作であるゴーダチーズをはじめカチョカヴァロモッツァレラチーズを番組出演時に持参しては、美味しい食べ方や調理のレクチャーを行った。さらに、2006年にノースプレインファームが開発し、花畑牧場でも2007年から生産を開始した生キャラメルがメディアで取り上げられ大ヒット。これら商品群のヒットを以って、“花畑牧場ブランド”としての地位を獲得。自社工場を拡大するほどになった(2009年6月時点で年商120億円、従業員も1500人を超える規模に成長。以降の経営状況は『花畑牧場』の項を参照)。
現在

現在はテレビのバラエティ番組やラジオのパーソナリティの仕事が多い。また上記「花畑牧場」ブランドをはじめ、北海道の農畜産物を道外へ売り込む等の「事業家」としても活動の場を広げている。この他、国家資格である家畜人工授精師種付け免許)を所持している。「田中義剛のオールナイトニッポン」ではこれを生かし、自分で種付けして生まれた子牛をリスナーの家に届けるという企画を行った。一方で歌手活動は東京進出後低調となり、1980年代後半に一時演歌歌手への転向も行ったが、セールス的には失敗に終わった。現在は歌を披露することはほとんど無い。
論争

2009年「週刊新潮」2月5日号において、「商品のアイデアは他社のパクリ」との批判が噴出している他、経営方法、メディア露出、近隣とのトラブル等、批判の声も高まっている、と報じられた。テレビ出演もゲスト出演のはずが、結局自分の牧場のPR活動になっている等、「夕張の救世主の筈だったのに夕張を踏み台にした」等揶揄する声も出てきており、当人に対してのクレームやバッシングも徐々に強くなっている。

事実、生キャラメルという商品そのもののアイディアは田中の物ではなく、北海道紋別郡興部町のノースプレインファームが2006年に開発したものである。こうした背景があるにもかかわらず、田中は2008年5月2日に自身の名義において「生キャラメル」の商標登録を申請するなど権利に貪欲な姿勢を見せており[3]、こうした行動が当人へのバッシングへと繋がっている。

こうした指摘に対して田中は「反感ばかりではなく、応援してくれるお客様が圧倒的に多い。食品コンプライアンス(安全管理基準)を守っていれば、いちいち(バッシングは)対応するに値しない」と語るなど[4]、バッシングも一種の有名税であるとして基本的に無視する姿勢を示している。

田中は「(日本の)農業は農協に売るだけで終わり(カネが得られる)。私は農協や問屋が入らずに、自分で作って自分で売っています。そこ(農協支配のシステム)を壊そうとしているので反感や、やっかみが相当あるのも確かです」とも語っており[4]、農協を中心とした農作物に関する既存の流通システムとの対立がバッシングの背景にあると分析している。
労働争議について

2022年1月から花畑牧場のベトナム人従業員らから労働争議を起こされている。詳細は「花畑牧場#労使紛争」を参照
作品
シングル

#発売日タイトルB面規格規格品番
キャニオン・レコード
1st1985年4月トライ・アゲインさらば友よEPP-97
東芝EMI / EXPRESS
2nd[注 2]1986年6月25日傷だらけのヒーロー傷だらけのヒーロー<野獣編>EPETP-17873
3rd1987年5月1日デンジャー・ゾーントライ・アゲインEPETP-17958
4th1988年12月21日ゆ・う・こ[注 3]暗闇に抱かれてEPRT07-2063
5th1988年12月21日前略おふくろ様お前が一番EPRT07-2298
6th1990年2月15日東北本線TO-HOKU HONSEN8cmCDTODT-2474
東芝EMI / 東芝レコード
7th1991年7月25日茶魔さま茶魔さま (カラオケ)8cmCDTODT-2685

デュエットシングル

名義発売日タイトルc/w規格規格品番発売元
田中義剛 &
岸千恵子1991年6月17日愛‥そしてラーメン(札幌物語)北へ流れる女8cmCDTODT-2552東芝EMI / 東芝レコード

アルバム
オリジナル・アルバム

#発売日タイトル規格規格品番
キャニオン・レコード
1st1984年3月ありがとう義剛LPP-1032
東芝EMI/EXPRESS
2nd1986年6月23日俺等の時代LPETP-90420
CDCA32-1295
3rd1987年5月1日明日への叫びLPETP-90467
CDCA32-1419
4th1988年3月1日KEEP STRAIGHTLPRT28-5153
CDCT32-5153

タイアップ

曲名タイアップ収録作品
地平線
ニッポン放送田中義剛のオールナイトニッポン』エンディングテーマアルバム『KEEP STRAIGHT』
茶魔さまテレビ朝日放映アニメーションおぼっちゃまくん』オープニングテーマシングル「茶魔さま」

出演
TV
過去の出演番組

青春すくらんぶるNHK教育)(1988年4月 - 1990年3月)・司会

午後は○○おもいッきりテレビ(日本テレビ)

世界まる見え!テレビ特捜部日本テレビ)*準レギュラー

クイズ どんなMONだい?!日本テレビ)*準レギュラー

誰だって波瀾爆笑(2008年10月5日、日本テレビ)
同学年の親友、東国原英夫宮崎県知事と共に登場。密着取材VTRでは牧場勤務者、小売店、喫茶店運営者など、関係者に対して日常的に厳しく叱責する場面が放映された。このような姿勢がブランド価値を落とさない秘訣だという。

サプライズ(2009年4月5日)えなりかずきが花畑牧場を訪ねて田中にインタビュー

さすらい刑事旅情編テレビ朝日)第7(最終)シリーズ(1994年10月 - 1995年3月):吉田一平役俳優としてレギュラー出演。

それでも家を買いましたTBS金曜ドラマ):長田正彦役俳優としてレギュラー出演。

わくわく動物ランド(TBS)

世界まるごと2001年(TBS)

アッコのかるーく見てみたい(TBS)

アッコにおまかせ!(TBS)


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