田中絹代
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女優としては一流であった一方で、映画監督としては同様にはいかず、演出が上手く出来ず、撮影が大幅に遅れることもあったと言う[35][36]
恋愛関係など

田中は10代の頃、以前から恋愛関係にあった清水宏監督から求婚された。しかし母・ヤスの反対に遭ったことから、城戸四郎の提案で1927年に「試験結婚」(今で言う同棲生活)という形で“結婚”した。しかし、その後の2人の生活は“夫婦”ゲンカが絶えず、1929年に関係を解消した[1][2]

溝口監督の作品に合計15作品出演し、2人は公私に渡る親交を結んでいる。溝口は撮影に入れば容赦なく自分の望む演技を徹底的に要求し、田中もそれに必死で応えた[2]。ある時から溝口は田中に惚れていて結婚を願望していたが、田中側は彼に魅力を感じておらず、新藤兼人や田中の証言によると溝口の片思いだったと言われる[37]。また、映画評論家の西村雄一郎[注釈 20]も、「田中は生前、溝口について『演出家としての溝口先生を尊敬しております』と言うだけだった。結局溝口の片思いに終わったようです」としている。ちなみにこの頃の田中と溝口の公私におけるやり取りは、その後先述の吉永小百合の主演映画『映画女優』で、菅原文太と共に演じられた[2]

このほか、慶應義塾大学野球部の花形スターだった水原茂とのロマンスなどは大きな話題となった。しかし結局、田中は清水監督との短い「試験結婚」を除き、その後は独身を貫いた。
鎌倉の自宅など

1936年、神奈川県鎌倉市の鎌倉山に3棟合わせて25部屋もある豪邸を建築し、マスコミなどから「絹代御殿」と称された[2]。当時の鎌倉山は高級住宅地で、田中のこの自宅の西隣りには近衛文麿の別邸、東隣りには藤原義江邸があった。1949年に岩田宙造の別宅(山椒洞)を購入して移り住むが、1954年には、帝国ホテルを居所とし[38]、「絹代御殿」を売却した[27]。ちなみに1950年1月に大バッシングに遭った時は、マスコミを逃れて心身を癒すため数ヶ月間をここで静かに過ごしたという[2]。その後1965年に鎌倉山に自宅を新築した[20]

田中の没後、小林正樹が「山椒洞を人手に渡したくない」として購入[39] し、料亭の?亭別館として建物を保存していたが、店舗閉店後に?亭の経営的理由で建物は解体された。その後みのもんたが自宅新築のため同敷地を購入し、現在(2021年)も暮らしているとのこと[注釈 21]
その他

動物好きとして知られ、自宅で犬や猫を飼っていた
[2]

“林長二郎”時代の長谷川一夫と何度も共演し、田中の遺品のアルバムには彼とのツーショット写真が多く残されているという[2]

楳図かずおの長編大作・洗礼に主人公が"田中絹子"と共演する部分がある。

受賞歴

毎日映画コンクール

1947年:女優演技賞 『結婚』『不死鳥』『女優須磨子の恋

1948年:女優演技賞 『夜の女たち』『風の中の牝鶏』

1957年:女優助演賞 『異母兄弟』『地上』『太夫さんより 女体は哀しく』

1960年:女優助演賞 『おとうと』

1974年:女優演技賞 『サンダカン八番娼館 望郷』


キネマ旬報

1958年:女優賞 『楢山節考』

1974年:女優賞 『サンダカン八番娼館 望郷』


1970年:紫綬褒章

1974年:ベルリン国際映画祭最優秀女優賞 『サンダカン八番娼館 望郷』

1974年:芸術選奨文部大臣賞

1977年:勲三等瑞宝章(没後追贈)

出演作品
映画マダムと女房』(1930年)非常線の女』(1933年)愛染かつら』(1938年)西鶴一代女』(1952年)『女囚と共に』(1959年)

元禄女(1924年、松竹キネマ

村の牧場(1924年、松竹キネマ)

小さき旅芸人(1925年、松竹キネマ) - お菊

激流の叫び(1925年、松竹キネマ) - お君

勇敢なる恋(1925年、松竹キネマ)

一心寺の百人斬(1925年、松竹キネマ)

自然は裁く(1925年、松竹キネマ)

落武者(1925年、松竹キネマ)

恋の捕縄(1925年、松竹キネマ)

御意見御無用(1925年、松竹キネマ)

悩ましき頃(1926年、松竹キネマ) - おさき

裏切られ者(1926年、松竹キネマ) - 妹お芳

街の人々(1926年、松竹キネマ)

あら!呑気だね(1926年、松竹キネマ)

お坊ちゃん(1926年、松竹キネマ) - 玉子

奔流(1926年、松竹キネマ)


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