熱帯低気圧
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熱帯低気圧に流れ込む空気は、中心に近づくほど、角運動量保存の法則によって、その風速を増やす。風速が大きくなるにつれて、遠心力も大きくなる。十分に遠心力が大きくなると、中心に空気を吸い込もうとする気圧傾度力と釣り合うため、それ以上は中心に近づけなくなる。さらに、自由大気層に限って言えば、中心に近づくほど、上昇気流が強まり、風向が上向きになる。

しかし、中心に近いところでは遠心力が大きすぎるため、中心から一定の半径内では風が弱まり、逆に反流による弱い下降気流が吹き、雲が存在しない穏やかな状態となる。これを目という。

目が明瞭に形成されるには遠心力が大きくなくてはならないので、はっきりとした目を持つのは、かなり発達した熱帯低気圧である。目の直径は一般的に数十km程度だが、発達するにつれてピンホールのようなごく小さな目になることも多い。まれに目の直径が数km程度にまで縮小して、目が消失したかのような状態になることがある。また、熱帯低気圧が大きい場合などには、直径が100kmを超えるような大きな目となることがある。なお、発達した熱帯低気圧であっても、上層雲などによって目が不明瞭となる場合も少なくない。

目の外側に沿って上昇する空気は、上空に行くほど気圧傾度力が小さくなる一方で、遠心力が大きくなるために、台風の外側に向かって流入の際とは逆方向、つまり北半球では右回り(時計回り)、南半球では左回り(反時計回り)に吹き出している。このとき、湿度が高い空気によって巻雲などの上層雲ができる。これは、熱帯低気圧から離れたところでも現れるので、接近の前兆とされる。

目の外側は、猛烈な上昇気流によって作られた積乱雲の壁になっている。これをアイ・ウォール (eye wall) という。

アイ・ウォールの外側には、熱帯低気圧に流れ込んでくる空気の流れに沿って形成された螺旋状の積乱雲の雲列が並んでいる。これをスパイラル・バンド (spiral band) という。スパイラル・バンドはマルチセルと呼ばれるメソ対流系であり、雲列の先頭(目に近い部分)がアイ・ウォールの雲とつながって内側降雨帯を構成している一方、途中の部分は中心から伸びる腕のような外側降雨帯を構成し、最後尾では晴天域から積乱雲が次々とわき出てきて世代交代を行っている。

アイ・ウォールやスパイラル・バンドは、熱帯低気圧の主要な雲塊である。一方、これらの雲とは離れた場所に、さも独立するかのように積乱雲の帯が発生することがある。これを先駆降雨帯(外縁部降雨帯、: outer rainband)といい、レーダーや雲画像では熱帯低気圧とは独立した雲のように見えるが、雲の帯はスパイラル・バンドに並行であり、メカニズム上は熱帯低気圧の雲である。しばしばスパイラル・バンドとつながって合流することもあるが、自然消滅することもある。

一般的に、熱帯低気圧が近づいてくるにつれて風が強くなり、外側降雨帯に入ると、降り方の変化が大きい驟雨性の雨が降り出す。熱帯低気圧の風向は等圧線にほぼ平行であり、風下を向いたときはその真左の方向に中心がある。中心に近づくほど暴風雨は強まるが、目に入ると風が弱まる。そして、目を抜けて再び暴風雨が訪れるときには、風向は逆になっている。

温帯低気圧は上層の偏西風波動による上昇気流の励起と下層の傾圧帯との相互作用で発達する一方、熱帯低気圧は相当温位の高い暖気の上昇による潜熱の解放をエネルギー源にしているため、前線を伴わない。これは熱帯低気圧の最大の特徴と言われる。また、中心の東西南北の空気の性質にほとんど差がないために、熱帯低気圧の構造はほとんど中心に対して対称になっている。このため、高緯度地域に移動して寒気を巻き込んでしまうと、対称な構造が崩れ、エネルギー源である潜熱の供給量が減って衰弱し、やがて前線を伴った温帯低気圧になる。
熱帯低気圧にまつわる概念

熱帯低気圧の位置を示す際には、地上・海上での気象観測気象衛星の画像などから推定した、熱帯低気圧の中心の位置を熱帯低気圧の位置とし、熱帯低気圧の移動や速度なども中心の位置をもとに表される。

熱帯の海洋上で雲がまとまって渦を巻く兆候があり、気圧の低下が見られ、今後も発達する傾向があるような場合に「熱帯低気圧が発生した」とするが、そのタイミングは明確には規定されていない。ちなみに、台風の場合には最大風速による定義(次節参照)があるので、その風速に達したときに「台風が発生した」と表現する。

発生した熱帯低気圧は、まず貿易風帯の中を、北半球では北西、南半球では南西へ移動する。やがて偏西風帯に入ると、向きを変え(転向という)、北半球では北東、南半球では南東へ移動する。その明瞭な転向地点を転向点と呼ぶ。上空の気流のほかにも、気圧配置も台風の転向に強い影響を与える。たとえば、夏の主役である北太平洋高気圧の中には、どんなに勢力の強い台風であっても、割って入ることは不可能である。そのため、台風は北太平洋高気圧の縁を通らざるを得ない。この「縁」の部分も転向点になることがある。日本においては、晩夏から初秋にかけては、主に沖縄近海が転向点になりやすい。

熱帯低気圧が陸上に達することを上陸という。一般的に、大きな島や大陸に達したときに上陸といい、小規模な島を通った場合には、上陸ではなく通過という表現を用いる。日本の場合では、北海道・本州・四国・九州の四島では上陸と言うが、他の島嶼部では沖縄本島のような大きな島であっても上陸とは言わず、通過扱いになる。上記四島であれば、房総・三浦などの比較的小さな半島部を台風の中心が通ったとしても上陸扱いになる。

熱帯低気圧が温帯低気圧に変わることを、温帯低気圧化(温低化)[12]あるいは消滅という。温帯低気圧にならずにそのまま勢力を弱め、消えた場合も消滅という。ただし、温低化した後で、再び中心気圧が低下することもある(つまり、温低化しても勢力が弱くなるとは限らない)ため、「台風は温帯低気圧に変わりました」という気象情報の理解には注意が必要である[13]
分類・命名海域別の呼称

国際的には、すべての熱帯低気圧は、その域内の最大風速に基づく強度によって大まかに、トロピカル・デプレッション(弱い熱帯低気圧[14]とも)・トロピカル・ストーム(熱帯暴風[14]とも)、及び地域ごとに異なる呼び名で呼ばれる発達した熱帯低気圧、の3つに分類される。地域ごとの呼び名の代表的な例として、北西太平洋域では熱帯低気圧がビューフォート風力階級で風力8以上に発達すると、台風と呼ばれるようになる。台風とタイフーンは、いずれも typhoon と英訳されるが、厳密には、最大風速が風力8以上の熱帯低気圧が「台風」に分類され、風力12に達した熱帯低気圧のみが「タイフーン」に分類されるように、それぞれ定義が異なる[15](下表参照)。北東太平洋域または北大西洋域で熱帯低気圧がタイフーンと同等の勢力に達すれば、ハリケーンと呼ばれる[16]。南半球およびインド洋においては、ハリケーンやタイフーンという呼称は使用されず、この海域で熱帯の性質をもつ低気圧は、日本ではサイクロンと総称される[17][18]

オーストラリア周辺の熱帯低気圧をウィリー・ウィリーと呼ぶという説があるが、これは正確には誤りである。ウィリー・ウィリーは砂漠などで発生する塵旋風に対してアボリジニ(オーストラリアの先住民)が用いる語である[19][20]が、これがオーストラリア周辺の熱帯低気圧を指す語として誤解されて研究者の間で広まったようである。

熱帯低気圧の標準的分類英文における呼称(国際標準)[注 1]最大風速[注 2]風力和文における呼称(日本国内標準)[注 3]
分類略号m/skt分類
Tropical DepressionTD17.2未満33以下7以下熱帯低気圧[注 4]
Tropical StormTS17.2?24.434?478?9台風[注 5]
Severe Tropical StormSTS24.5?32.648?6310?11
Typhoon/Hurricane/CycloneT/H/C32.7以上64以上12
^ 世界気象機関『台風委員会運用指針』 CHAPTER 4 - TROPICAL CYCLONE WARNINGS AND ADVISORIES 4.2 Classification of tropical cyclones[21]及び別資料[22]を参考に作成。
^ ここでは、10分間の平均風速の最大値を基準に用いる。
^ 『気象官署予報業務規則』第78条の定義による[23]
^ この「熱帯低気圧」は、総称としての熱帯低気圧 (Tropical Cyclone) のうち、台風の強度に達しないものを指す用語である[24]
^ 東経180度以東の北太平洋で発生するものは「発達した熱帯低気圧」と呼ばれる[23]

このように日本語においては、台風以外の熱帯低気圧はその強度に関係なく、すべて単に「熱帯低気圧」と呼称される。以前、気象庁はトロピカル・デプレッションと同等の強度の熱帯低気圧を「弱い熱帯低気圧」と呼称して区別していたが、1999年の玄倉川水難事故の際に[25]この表現は災害が起こらないかのような誤解を招くとの指摘を受けたことがきっかけとなって、2000年6月1日以降は防災上の配慮からこの表現を使用しないことにしている。

太平洋域においては、太平洋北中部で発生したハリケーンが日付変更線および180度経線を西に横断して北西太平洋域に入ると、台風となる[26](例:2006年のハリケーン・イオケ/台風12号)。逆に台風が東進してハリケーンと呼ばれるようになることも稀にある[27]


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