無痛分娩
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英語圏でも、無痛分娩に相当する言葉は多様であり、一般的にはepidural birth, painless delivery, painless labor[10]医学英語ではlabor analgesiaなどと表記される。analgesiaはan:無+algesia:痛みと語源の上では無痛[16]だが、専門家の間では主として鎮痛の意味で用いられている[17]。すなわち、英語圏においても、無痛に関して一般人と専門家との間で、語義において認識の相違が生じる余地がある。硬膜外麻酔に留まらない出産前後の鎮痛全般を表す言葉としてはPain management during childbirth[18][19]やlabor pain relief[20]などがあるが、十分に定義されておらず[19]、対応する定訳も2023年現在確立されているとは言い難い[注釈 3]
準備

出産の準備は、出産時に経験する痛みの大きさに影響する。母親学級に参加したり、医療従事者や公的扶助サービスに相談したり、質問を書き留めたりすることで、痛みを管理するために必要な情報を得ることができる。友人や家族との簡単な交流が不安を和らげることもある[21]
医学的ないしは薬理学的鎮痛法

医師看護師助産師ナース・プラクティショナー、医療助手(physician assistant)(英語版)[注釈 4]は通常、陣痛中の女性に鎮痛の必要性を尋ねる。 訓練を受けた経験豊富な医療従事者が行えば、多くの鎮痛方法が有効である。また、分娩の段階によって鎮痛方法は使い分けられる。それでも、すべての病院や分娩センター(英語版)ですべての選択肢が利用できるわけではない。産婦の病歴やアレルギーの有無、その他の懸念事項によって、他の選択肢よりも有効なものもある[21]
オピオイドペチジンの化学構造

分娩時の鎮痛には多くの方法がある。 オピオイドは、鎮痛を補助するために出産時に一般的に使用される鎮痛薬の一種である [22]。オピオイドの中ではペチジンが米国や英国などで使用されてきた[23]。オピオイドは、注射として筋肉に直接注入したり、静脈内に注入したりすることができる。これらの薬剤は、陣痛中の母親に眠気、かゆみ、吐き気、嘔吐などの望ましくない副作用を引き起こすことがある[22]。すべてのオピオイドは胎盤を通過する可能性があり、心拍数呼吸、脳機能に問題を起こすなど、胎児に悪影響を及ぼす可能性がある。 このため、オピオイドは分娩直前には投与されない[22]。しかし、オピオイドは痛みを和らげる効果があるが、母体が動いたりいきんだりする能力を損なわないため、分娩初期には有益である。 また、オピオイドの使用は帝王切開の可能性が高くなることとは関連していないようである[22]。分娩時にオピオイドを使用するかどうかを決定する際には、考慮すべきことが多くあり、これらの選択肢やリスクと利益について、妊婦は訓練を受けた医療専門家と分娩第1期の早い段階以前に話し合う必要がある。 児に影響を及ぼす可能性のある処置や薬物について聞くことは、有効な質問である[21]腰椎間から留置された硬膜外カテーテル
硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔「硬膜外麻酔」および「脊髄くも膜下麻酔」を参照脊髄くも膜下麻酔

硬膜外麻酔は、腰部の脊髄周囲の狭い空間(硬膜外腔)にチューブ(硬膜外カテーテル)を入れる処置である。陣痛中、必要に応じて少量の薬をチューブから投与することができる。硬膜外麻酔では、薬を投与してから10?20分後に痛みの緩和が始まる。しびれの程度は調節できる[21]

分娩時に母親が感じる痛みは非常に強いとされ、さらに分娩の進行に伴い強くなっていくため母親にとって大きな負担となる。硬膜外麻酔による無痛分娩ではこの苦痛を相当強力に軽減できる[注釈 5]ほか、産後の育児や家事、仕事に必要な体力を温存することができる[9]

特に母親が妊娠高血圧症候群である場合、分娩の痛みにより血圧が過度に上昇してしまうおそれや、ストレスホルモンによって血管が収縮して胎児への血流が非常に少なくなってしまう危険があるため、無痛分娩が有用とされる[25][26]。また、分娩中に緊急に帝王切開が必要になった場合、通常であれば脊髄くも膜下麻酔又は全身麻酔を行う必要があるが、硬膜外カテーテルを留置している無痛分娩であれば硬膜外麻酔で管理することができる[27]

妊婦は硬膜外麻酔中、身体を動かすことは可能だが、薬が運動機能に影響を及ぼすと一時的に歩けなくなることがある。硬膜外麻酔は母体の血圧を下げ、胎児の心拍を遅くする可能性がある[28]。このリスクを下げるために点滴で水分を補給する。しかし、陣痛中の女性は、硬膜外麻酔の有無にかかわらず、しばしば発熱[29]や震え(シバリング)が起こる。硬膜外腔からオピオイド(主としてフェンタニル)を投与した場合には痒みや尿閉(おしっこが出にくくなり膀胱に溜まること)が起こることがある。脊髄の被膜(硬膜)が太い硬膜外針によって穿刺されると、ひどい頭痛が生じることもある(硬膜穿刺後頭痛[28]。治療によって頭痛は改善可能である。硬膜外麻酔は、分娩数日間腰痛を起こすこともある。硬膜外麻酔により、分娩の第1期第2期が長引くことがある[28]。陣痛が始まったのが遅かったり、薬の量が多すぎたりすると、いざというときにいきみにくくなることがある。硬膜外麻酔は器械分娩のリスクも高くなる[21]とされてきたが、コクランの2018年のシステマティック・レビューでは、近年の研究からはこのような傾向は見られないとされる[30]

硬膜外麻酔で、まれに起こる重大な合併症としては、硬膜外麻酔の管がくも膜下腔に入り、脊髄くも膜下麻酔になってしまうことや局所麻酔薬中毒などがある[28]。無痛分娩を行う際には、これらの合併症に対応できるよう専門的な知識や技術が必要である。
CSEA

分娩がすでに進行している場合、素早く鎮痛を行うために硬膜外麻酔に脊髄くも膜下麻酔を併用する場合もある(脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔(Combined spinal and epidural anaesthesia: 略称は脊硬麻又はCSEA)(英語版))[28]脊髄くも膜下麻酔では、少量の薬を腰の髄液中に注射する[注釈 6]。脊髄くも膜下麻酔は通常、陣痛中に1回だけ行われる。脊髄くも膜下麻酔の場合、鎮痛効果はすぐに始まるが、持続するのは1?2時間である[21]。硬膜外麻酔では、カテーテルが留置されている限り、鎮痛時間に制限はない[注釈 7]。硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔により、ほとんどの女性は陣痛や出産時にほとんど痛みを感じることなく、目を覚まし、注意力を保っていることができる。CSEAでは胎児の徐脈が問題となることがある[28]
DPE

Dural puncture epidural(DPE)とは、近年、米国を中心に報告されている、硬膜外麻酔による無痛分娩の新しいテクニックである[28]。硬膜外麻酔においては頭痛が問題となるために、通常は硬膜穿刺を避けるが、本法では硬膜外麻酔に用いる太い針ではなく、脊髄くも膜下麻酔に用いる細い針(ドイツ語版)で意図的に硬膜に穴を開け、その後で通常の硬膜外カテーテル留置を行うことにより、脊髄腔内への薬液の流入を増やして鎮痛効果を高める、というものである[28]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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