炬燵
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その後1932年昭和7年)に富山県の井田源蔵が申請し1935年(昭和10年)に登録された実用新案がある。これはこたつ内で脚を伸ばせるように、やぐらの天板下面に断熱材と反射板を取り付けた上でその下に熱源を置き、更に伸ばした脚が直接触れないように熱源の下に金網を設置するというアイデアである。この実用新案を基に1935年に“安全反射コタツ”の名称で商品販売が開始された。熱源は最終的には電熱式になったが、当初はブリキ製の引出しに灰を置きそこに炭を入れるものであった。販売力の問題から販路はほぼ北陸に限られていたようである。

実用新案の期限が切れた昭和30年頃になると“上部加熱式やぐらこたつ”への参入が活発になる。1957年(昭和32年)には東芝がニクロム線熱源の「電気やぐらこたつ」を発売しており、その性能・価格・販売力から全国的なヒットとなった。以後熱源は赤外線などに変わるものの、長期に亘ってこの形式の炬燵が主流になった。

過去に販売されていたレモン球式は電熱線自体から可視光線とともに近・遠赤外線を出していた。また、最近の製品でも石英管ヒーターを搭載した安価なモデルは赤い光を出す。これは構造的に、裸電球に手をかざすと暖かいのと原理的に似ているが、発熱体のニクロム線が太く赤外線放射に特化しているため電球ほど明るくはない。ヒーター管の形式によっては可視光線を出さないものがある(一部のシーズヒーター管など)。最近の製品は電源を入れても暗いままか、それほど明るくない。

当初発売されていた電気炬燵は熱源部分が白かった。しかし、当時多くの人が「これで本当に温まるのか?」と疑問視してなかなか購入しようとはせず、売り上げが伸びなかった。そこで企業は熱源部分を赤くして温かさがきちんと伝わる様に見せたものを1960年頃に発売したところ売り上げが伸びた。

現在は冬場の暖房器具としてだけではなく、夏期にはこたつ布団を外し、ちゃぶ台ないしは座卓代わりとして通年利用されることが多い。そのため暖房器具ではあるが、通年商品となっている。このように炬燵布団を外した場合に座卓に見える炬燵を電化製品業界では家具調炬燵といい、家具業界では暖卓と呼んでいる。家具調炬燵(暖卓)の普及により、形状の主流は正方形から長方形になりつつある。ごく最近に人気の出てきた一人用のミニコタツなどは正方形である。

現在は大手メーカーは電気炬燵を生産しておらず、中小のメーカーが数多く参入している。

47都道府県のうち、山梨県が最も炬燵の所有率が高い[10]。一方では北海道が最も炬燵の所有率が低い[10]。北海道の住宅は断熱を重視して気密性が高く、古くはペチカ、近年はFF式ストーブやセントラルヒーティング床暖房などで屋内全体を温めるのが一般的であり、人体の一部のみを温める炬燵は暖房器具として用をなさないためである。
こたつ板

こたつ布団の上に、四角い天板(こたつ板)を置くことが多い。この板は食卓代わりに宿屋等で使われ始め、家庭に広まったとみられる。1959年頃から家庭でも一般化したのではないかとみられる[注 1]。当時、こたつ本体とこたつ板とは別売りであった[11]

かつては天板の裏面が緑色のラシャ貼りになっており、麻雀卓やゲームに利用された。東芝では1961年頃から裏面ラシャ貼りのこたつ板を発売していたという。しかし、1980年代になると裏面にはコルク材等が用いられるようになり、ラシャ貼りの天板は稀になった[11]
こたつホース

日本の寒冷地域ではこたつを使用する際にこたつホースと呼ばれるホースを用いる場合が多い。このこたつホースはファンヒーターなどの暖房機器の吹き出し口にホースの口をセットし、こたつの中を温めるというものである。こたつ内の電気ヒーターを入れて使用するより暖まるのが早いとされ、ファンヒーターの電気代しかかからないため、電気代の削減にもつながる。東北地方が発祥とされている[12]
文化

この節の加筆が望まれています。 (2015年5月)

文学

「炬燵」は冬の季語である。三冬(初冬・仲冬・晩冬)・生活に分類される季語である。高浜虚子俳句などに使用例が見られる。「炬燵猫」は三冬・動物の季語である[13]

雪の多い温泉地では、「冬は雪見の炬燵酒」という成句もある[6]

川端康成昭和12年(1937)の小説『雪国』では、島村と駒子の再会時に炬燵が登場する[6]
こたつ開きの日

昔、武家では亥の子の日(亥の月亥の日)に暖房具を出したと言い、町家では第二の亥の日(つまり12日後)から火鉢や炬燵などを使いはじめた。亥の子は、太陽暦では11月半ばから後半である。

亥(猪)は、摩利支天の神使であり、摩利支天は炎の神であるから、 防火の神でもある。また亥は陰陽五行説で火を制する水にあたる。このため、武家は亥の月亥の日に火道具を使い始め、家の防火を祈った。こうした風習は今でも西日本で残っており、11月に入ると茶家では、今でも亥の子に炉開きの行事をするところが多い。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ 東芝の1957年のカタログにはこたつ板は無く、1959年版には6種類の板を掲載している。『サザエさん』でも1959年秋頃からこたつ板を置く描写が出てくる[9]

出典^ a b c 意匠分類定義カード(D4) 特許庁
^ a b c こたつ 関ケ原町歴史民俗資料館
^ “おこたとは コトバンク”. 2020年12月26日閲覧。
^ “韓国農林畜産食品部、「こたつ」が描かれた広報でSNS炎上”. 中央日報 (2020年11月9日). 2020年11月9日閲覧。
^ https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1308429
^ a b c d e f 新穂栄蔵『ストーブ博物館』海道大学出版会 (1986)p25-28
^ a b 精選版 日本国語大辞典、デジタル大辞泉、コトバンク
^ 豆炭こたつによる事故の防止に関する注意喚起
^ a b 「サザエさんを探して」『朝日新聞』2014年11月22日朝刊、b3面。
^ a b “朝起きたときの寝室の気温は?全国で1番寒い部屋で朝を迎えるのは長野県”. ウェザーニュース. 2020年12月26日閲覧。
^ a b “昭和のこたつは「天板が緑色の布張り」だった? 現在も入手できるのかメーカー、家具店、量販店に聞いた”. まいどなニュース. (2023年11月2日). オリジナルの2023年11月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20231103075758/https://maidonanews.jp/article/15041402 
^ “東北発祥の「こたつホース」が意外と知られていなかった”. オスカーホーム. 2019年4月14日閲覧。
^ 齋藤慎爾・阿久根末忠編『必携季語秀句用字用例辞典』柏書房、1997年、P.387

関連項目.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ウィキメディア・コモンズには、炬燵に関連するカテゴリがあります。

囲炉裏

あんか

湯たんぽ

懐炉

ストーブ

腕こたつ - ドラえもんの道具、腕時計型の炬燵である。

コルシ(イランの暖房器具)

こたつ列車 - 三陸鉄道が冬季期間限定で運行している企画列車。

サンダリ - アフガニスタンにある、こたつによく似たもので暖をとる。

雪 (童謡)

典拠管理データベース: 国立図書館

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