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焼畑農業は現代においても熱帯地域を中心に広く行われているが、サイクルが短くなったため地力の消耗を招き、また森林火災を招き地球温暖化にも悪影響をもたらすとされ、しばしば問題となっている[28]

また、焼畑以外にも火を農業に利用する例はある。日本においては収穫後の水田に火を放って枯れた収穫後のを燃やす、いわゆる火入れが行われることがあるが、これは害虫の駆除と燃えた後の灰を肥料化するという二つの目的で行われている。
工業

火は、高熱によって物質の状態を変化させることができるため、この性質を利用してさまざまな工業に利用されてきた。こうした用途における最も古い利用法は粘土を焼いた、いわゆる土器の焼成である。土器はより高い温度で焼き上げると陶器、さらには磁器となり、より硬度を増すようになった[29]。土器に次いで、人類は金属の精錬を覚えた。まず最初に開発されたものは融点の低いの利用であり、やがてと混ぜ合わせることで硬い青銅を作り上げることができるようになった。青銅の利用は人類を石器時代から一段階進歩させ、青銅器時代という一時代となった。さらにその後、人類はを精錬できるようになり、鉄器時代が始まった[30]。その後も火は工業にとってなくてはならないものであり、各種工業において広く使われている。
兵器・武器1943年7月、焼夷弾を投下された後のハンブルク市街。約5万人の一般市民が亡くなった[31]

火は歴史上様々な形で戦争に利用されてきた。古くは狩猟採集社会で、野原や森林を焼き払うことで敵を傷つけ食料を得にくくするなど、火は人類がその制御に関する知識を得たころから戦争に利用されている[要出典]。ホメーロスの『イーリアス』には、トロイの木馬に隠れていた兵士たちがトロイを焼き払う様子が描かれている。東ローマ帝国では戦争にギリシア火薬を用いた。第一次世界大戦では歩兵が初めて火炎放射器を使い、第二次世界大戦ではそれを車両に装備した。また、焼夷弾による爆撃が東京、ロッテルダム、ロンドン、ハンブルク、ドレスデンなどで行われた。それによって火災旋風が起きた都市もある[要出典]。大戦末期には米軍が日本の各都市を焼夷弾で爆撃した。日本の家屋は木造が多かったため、焼夷弾の効果が大きかった。1945年7月、大戦終結直前にナパーム弾が投入されているが[32]、ナパーム弾が一般に知られるようになるのはベトナム戦争のときである[32]。また、火炎瓶という武器も使われてきた。
エネルギー源

燃料に点火することで利用可能なエネルギーが放出される。先史時代から木材が燃料として使われている。石油天然ガス石炭といった化石燃料火力発電で使われており、今日の発電量の大きな部分を占めている。国際エネルギー機関によれば、2007年時点で全世界のエネルギー源の80%強が化石燃料だという[33]発電所では火によって水を熱し、蒸気を発生させてタービンを駆動する。タービンが発電機を駆動し、発電が行われる。外燃機関内燃機関では火が直接仕事をする。
火の扱い方
点火

火を利用するにあたって、もっとも困難なのは、火種を作ることである。自然界において火を自由に手に入れる機会はほとんどなく、落雷など偶然の機会に頼る他はない。その上、その際に山火事などの危険を生じる場合もあり、人間が近寄れないことも多々ある。このため、人類が火を起こす手段を開発するまではいったん手に入れた火種は大切に守られた。これは下記のような手段によって火を起こす技術が手に入ったのちも変わらず、多くの文明において各家庭にある火種は大切に守られるのが常であった[34]。火の気の全くない場所で火を起こす技術はいくつか発明されているが、現代文明で発明されたもの以外はいずれも技術的に高度なものであり、現代人が安易にまねてもうまく火が点かない例も多い。

発火法には大きく分けると、摩擦法・打撃法・圧縮法・光学法・化学法・電気法の6つに分類できるが、一般的に知られる代表的な例としては、以下の方法がある。
火花を発生させる:火打ち石放電など。打撃法に属する。

摩擦熱から発火させる: 弓きりや舞きりなど(火種も参照)。摩擦法に属する。

太陽光を集中させる:凸レンズ凹面鏡などを使って太陽光を一点に集中させ、火を起こす。光学法に属する。

化学反応を利用する。化学法に属する。

古来使われたのは、最初の2つの方法である。もっとも単純な火おこし法は摩擦法であり、世界中に広く分布している。火打石などを使う打撃法も、摩擦法に比べ簡便であるために広く使用された[35]。光学法は特に技術が不用なので、晴れていれば誰でも利用できるが、専用の機材がなければ無理である。また、安定した太陽光が必要なため晴天でない場合や夜間には用いることができない。こうしたことから一般的な火おこし法ではなかったが、この方法を使って火を起こせることは一部では知られており、まれに利用もされた。また、ボルネオやビルマなど一部においては可燃物をピストンの中に強く押し付ける圧縮法で火を起こす民族も存在した。化学法と電気法は科学革命の起こった19世紀以後の産物であり、それまでの前近代社会において使用されることはなかった。こうしておこされた火種は、火口(ほくち)と呼ばれる燃えやすい物質で受けて、火を大きくさせたのち様々な用途に使用された[36]。しかし、こうした発火法はいずれも手間のかかるものであり、気軽に利用できるとは必ずしも言えなかった。


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