56代清和天皇の子孫。貞観御後[14]。詳細は「清和源氏」を参照。
中央では光孝天皇への皇統移行により、勢力を広げることは出来なかった。しかし第六皇子・貞純親王の子・六孫王経基の系統は武家として栄え、満仲の長男頼光は、多田氏、神野氏、そして、四男河内源氏の源頼信→源頼義→源義家が武家の棟梁となり、その子孫から鎌倉将軍家を輩出したことから武家棟梁の家柄とされ、室町幕府を興した足利氏を初めとして、新田氏、木曾氏、武田氏、佐竹氏、細川氏、今川氏、土岐氏(明智氏、浅野氏)、南部氏、宍戸氏など多数の武家が清和源氏の子孫を称した。また、徳川氏や島津氏など本来清和源氏ではない一族が源氏を仮冒した例もある。
堂上公家の竹内家(半家)は、河内源氏傍流源義光の第4子平賀盛義の系統である[18]。
清和源氏系図
太線は実子。細線は養子(苗字無しは臣下に下った源氏・一部苗字無しは僧)。
〈源氏(清和源氏)〉[vol.1 貞明親王~貞保親王] 清和天皇(惟仁親王) ┣━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┳━━━━━┓ 貞明親王 貞固親王 貞元親王 貞平親王 貞保親王 ┃ ┣━━━┓ ┏━━━┫ 国淵