港島中町という町名に含まれている「港島」とは、同町のある人工島の「ポートアイランド(Port
Island)」という英語で付けられた名前を直訳したものである[13]。神戸市の沖に浮かぶ人工島ポートアイランドのうちの居住地区である港島中町は、神戸港第四突堤沖の海面を埋め立てて昭和47年(1973年)、新たに起立された町名である[14][13]。最初は最北部の一丁目だけが存在し、昭和50年(1975年)に北部の一?四丁目と南部である八丁目ができ、昭和51年(1976年)に一?八丁目の全てが成立した[14]。領域で見ると昭和50・51・53・54年(1975・1976・1978・1979年)にポートアイランドで新たに増えた埋立地を編入している[14]。当初は神戸市生田区の町名であり、生田区が葺合区と合併した昭和55年(1980年)から神戸市中央区の町名となった[14]。
昭和55年(1980年)、神戸市立港島中学校と神戸市立港島小学校が開校[14]。昭和56年(1981年)には新交通システム・ポートライナーが開業[13][14]。同年神戸市環境保健研究所、神戸市立中央市民病院が地内に移転、神戸市立看護短大が開校し、神戸国際交流会館、神戸国際展示場、神戸貿易促進センター、神戸ポートピアランドなどが開設された[14]。さらにこの年に開催された神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81)ではここが主会場となった[13][14]。
博覧会の会場跡地のうち六?七丁目の一帯は「ファッションタウン」としてワールドや田崎真珠などのファッション関連企業などへ分譲され[11]、昭和63年(1988年)には最多の41社が集積した[15]。しかし、バブル経済崩壊後の不況などの影響で本社移転や統廃合が進んで次第に減少していき、ファッションタウン周辺は空きビルの増加や飲食店の減少、建物の老朽化などが目立っている[15]。かつてファッションタウンに本社を構えていた企業にはコスモポリタン製菓やキムラタンなどがある[11][16]。ファッションタウンのうち六丁目の一角には「エキゾチックタウン」という名の飲食・ショッピング・レジャー施設もかつて存在した[11]。
神戸ポートピアランドは開園から25年後の平成18年(2006年)に閉園となり、跡地へは大型家具店のイケアが進出している[3]。
神戸市立中央市民病院は平成19年(2007年)に神戸市立医療センター中央市民病院と改称し、平成23年(2011年)に港島南町へと移転していった[17]。移転後に残された建物はポートアイランド病院として引き続き利用されている[18]。
統計
平成22年(2010年)の世帯数6,471・人口14,364[1]。
昭和60年(1985年)の世帯数4,795・人口14,212[4]。