清水ミチコ
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注釈^ 2007年に高級料亭・船場吉兆の不祥事の釈明会見で話題になった「ささやき女将」(湯木佐知子)等。
^ 以降ライブタイトルは、毎回異なる。
^ 清水によると、当時高山市内に初めてできたジャズ喫茶だったとのこと。
^ 父は若い頃からジャズ好きでウッドベースを弾いており、以後仲間とバンドを組んで公民館などで演奏していたという。
^ 本人は後年、「当時よっちゃんていう友達がいて、私がする話によく笑ってくれたんですけど、私が狙いすぎたネタを言った時は笑わないんです。だから、自然と思いついたことを喋った方が面白いと身体で覚えたんですね。私の笑いの基礎ができたのは、彼女のおかげです」と回想している[8]
^ その理由について本人は、「それまで人から褒められることといえば、ピアノが弾けることでした。でも音大では他の学生もピアノを弾けるのが当たり前なので、周りに埋もれてしまうのは嫌だなと思ったんです。音大に入ったら(子供の頃からちゃんとピアノレッスンを受けてきた同級生との差を感じて)、“自分は音楽から離れるんじゃないか?”という予感がすごく強くなったんです」と述懐している[8]
^ 本人によると、「ピアノやトランペットを演奏しながら、演芸の要素もあるというライブでした。『(有名な演奏家の)楽器の弾き方講座』という、ちゃんとした作品を壊してパロディーにしていく斬新なコーナーもありました。当時そんなのを見るのは初めてだったので、『音楽と笑いを両立させるなんてすごい!自分もこういう人になりたい!』と思ったんです」と回想している[8]
^ この時も、両親には「飛騨高山にはない店だから、(将来実家の店を継ぐための)修行のつもりでもうちょっと東京で働いてみるね」と実家に帰るのを延期し続けた[6]
^ この人物は面倒見が良く、清水からお笑いとピアノ好きなことを聞いて店の2階にあるピアノをバイト終わりに自由に弾かせてくれたとのこと。
^ この数日前、劇場スタッフが永六輔がものまね好きであることを知っており、オーディション時の清水のデモテープを試しに聞いてもらった。永が清水のものまねを気に入ったことから、客としてこのライブを観に来ることになった。ライブ終了後、清水は永から「君はネタはプロだけど生き方(ライブでテキトーなお辞儀をしていた等)がアマチュアだ」とダメ出しを受けたという[8]
^ 本人は、「ダウンタウン、ウッチャンナンチャンは、“笑いで天下を取ってやろう!”という意気込みで臨んでたんだと思うんだけど、私にはそんな覚悟はない。前もって考えたネタはウケるけど、コントで彼らにアドリブを仕掛けられても、私は対応できない。“やっぱり自分は素人芸だったんた”って分かったんです。(それまでのライブなどでは)ずっと一人でやってきて人と絡むということがなかったですから、(本作のコントを通じて)本当の自分を映す鏡を見せられたような気がしましたね」と述懐している[8]
^ 本人は「伊集院みどりは、“後ろから見ると美人なのに振り返ったら不細工”というキャラクター設定でした。そこからさらに設定を掘り下げて、自分の欠点を誇張したメイクを施し、自意識過剰で性格の悪い女として思いっきり演じてみたんです。するとそれが大ウケして、その後行われた番組の『キャラクターの人気投票』で1位を獲得したんですよ。その時、皆(共演者・スタッフ)に恩返しができたような、まるで借金を返せたような気持ちになれましたね。」と回想している[8]
^ 清水の両親もこの人物に会ったことはなかったが、ある日弟・清水イチロウが近所の高齢者から曽祖父の人柄やエピソードを聞き、弟経由で彼女に伝えられた。それによると曽祖父は不謹慎な所があり、病気で死にそうな人がいると“○○がとうとう死んだみたいだ”などと周りに言いふらし、お坊さんがその家に行ってしまったこともあるという[8]
^ 清水の祖母に不幸があった時も、両親は来てくれるお客さんのために店の営業を続けるほどだった[6]
^ 本人は後年、「あの時“このまま本番に臨んで大丈夫なのか”と心配だったんです、実際に本番が始まると不思議と落ち込まず、泣かずに楽しくトークができたんです」と述懐している[6]
^ この他、サクソフォン、ベース、ギター、三味線が演奏できる。
^ その初顔合わせ台本の読み合わせをする際、桃井が遅刻してしまったという。清水によると「(以前から清水が桃井のものまねをすることを知っていた)監督が面白がって、私がモノマネで桃井さんのセリフを代読することになったんです。その後現場に来た桃井さんは『いい味出してくれちゃって。(代わりに読み合わせしてくれて)ありがとう』って笑ってくれました」と回想している[6]
^ 矢野とのデュエット「いもむしごろごろ」は清水のアルバム『バッタもん』ボーナストラックに収録された。
^ 具体的には、長渕の顔真似をした後日、彼の事務所から連絡が入って「長渕からお話があるそうです。今度東京でライブがあるのでよろしければ観に来て下さい」と告げられた。ライブ鑑賞後、長渕から直接「(ライブで)新しい俺を見てくれましたか?また今度俺をマネしてください」と言われ、グッズやカレンダーなどをプレゼントしてくれたとのこと[8]
^ 詳細は不明だが、清水の他に出演者がいた模様[46]

出典^ 林家ペー林家パー子 (2011年4月5日). “林家ぺー・パー子 公式ブログ/やりすぎコージー”. GREE. 2018年4月23日閲覧。
^ “ ⇒特定商取引法に基づく表記 - 4325shop”. 2018年4月23日閲覧。
^ “歴代ゴールデン・アロー賞受賞者一覧” (PDF). 日本雑誌協会. 2017年9月18日時点の ⇒オリジナルよりアーカイブ。2018年4月23日閲覧。
^ a b c d e “ ⇒information”. 4325.net - 清水ミチコオフィシャルHP. 2018年4月23日閲覧。
^ a b c “ ⇒#39「清水ミチコ」ワールド(2012年9月13日放送)”. BS日テレ・竹中直人の大人の笑い. BS日本. 2015年4月26日閲覧。
^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『女性自身』2024年1月16・23日号.

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