17世紀、江戸時代初期― ポルトガルで、イエズス会の宣教師であるセバスチャン・ロドリゴ神父[5](アンドリュー・ガーフィールド)とフランシス・ガルペ神父(アダム・ドライヴァー)のもとに、日本でのキリスト教の布教を使命としていたクリストヴァン・フェレイラ神父(リーアム・ニーソン)が日本で棄教したという噂が届いた。尊敬していた師が棄教したことを信じられず、2人は日本へ渡ることを決意する。
2人は中国・マカオで日本人の漁師にしてキリシタン(キリスト教徒)であるキチジロー(窪塚洋介)の手引きにより、日本のトモギ村に密入国する。そこでは隠れキリシタンが奉行の弾圧に苦しみながらも信仰を捨てずに祈り続けていた。司祭はなく、「じいさま」と呼ばれる村長のイチゾウ(笈田ヨシ)だけが洗礼のみを行えるという環境だった。2人は村人達と交流を交わし、布教活動を行っていく。キチジローはかつて弾圧を受け、踏み絵により棄教を示したが、自分以外の家族は踏み絵を行えず、眼前で処刑されたのだという。罪の意識を背負い苦しむキチジローは自分の村である五島列島にも2人の宣教師を招き、布教を広める。そこでフェレイラの手掛かりも掴み、任務は順調かと思えた。
しかし、キリシタンがトモギ村に潜んでいることを嗅ぎ付けた長崎奉行・井上筑後守(イッセー尾形)が村に訪れ、2人の宣教師の身柄を要求した。村人達は必死に匿ったが、代償としてイチゾウ、キチジロー、そして敬虔な信者であったモキチ(塚本晋也)を含む4人の村人が人質となった。奉行は踏み絵だけではキリシタンをあぶり出すことは困難と考え、「イエス・キリストの像に唾を吐け」と強要した。4人の内キチジローを除く3人は棄教しきれず、処刑されることとなった。
自分達を守るために苦しむ信者達を見てロドリゴは苦悩する。「なぜ神は我々にこんなにも苦しい試練を与えながら、沈黙したままなのか―?」
ロドリゴ神父はキチジローに銀300枚で売られる。奉行所では、井上筑後守と通辞(浅野忠信)が穏当に棄教を勧めるがロドリゴは拒絶。ある日ロドリゴは海辺に連れていかれる。そこでは、キリシタンの百姓たちが簀巻きで海に沈められ、既に捕縛されていたガルペ神父も後を追って溺死する。奉行たちはキリストの教えで多くの民が死んでいくことを責め立てる。ロドリゴは、棄教して沢野忠庵を名乗るフェレイラ元神父と対面。フェレイラも棄教を勧める。ロドリゴの牢のそばで穴吊りの刑がはじまる。殉教者たちの苦しみの声に耐えかねたロドリゴは、踏み絵の前に立つ。ここでロドリゴは踏絵の中のイエスの声を聞く。「私を踏みなさい」"Step on me"と聞いたロドリゴは踏み絵を踏み、棄教する。
1641年、来日したオランダ人ディーター・アルブレヒトはロドリゴの消息を伝える。ロドリゴは井上奉行から岡田三右衛門の名を与えられ、妻を娶り、輸入品からキリスト関係の物品を除く任務にあたった。キチジローはロドリゴの前でこっそり告解するが、守り袋に小さなキリスト像を彫った板を隠していたとして連行された。ロドリゴは棄教を守り、日本で亡くなる。棺桶に守り刀が入れられ、仏教式の葬儀で火葬される。だが遺体が炎に包まれる直前、ロドリゴの掌にかつてモキチから託された小さなキリスト像があった。
キャスト
セバスチャン・ロドリゴ神父 - アンドリュー・ガーフィールド
フランシス・ガルペ神父 - アダム・ドライヴァー
通辞 - 浅野忠信
キチジロー - 窪塚洋介
井上筑後守 - イッセー尾形
モキチ - 塚本晋也
モニカ - 小松菜奈
ジュアン - 加瀬亮
イチゾウ - 笈田ヨシ
クリストヴァン・フェレイラ神父 - リーアム・ニーソン[6]
ヴァリニャーノ院長/イエス・キリスト(声) - キアラン・ハインズ[7]
ヨヘイ(トモギ村の村民) - パンタ