江戸時代
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12月25日、天皇が疱瘡のため36歳で没する[36](おくりな)を孝明天皇と定められた。徳川慶喜

折から幕法に反して京都に藩邸を置く諸大名を制御できず、京都の治安維持さえ独力でおぼつかない江戸幕府と、幕藩体制の根幹である「武士」の武力に対する信頼とその権威は、この敗北によって急速になくなっていった。薩長は、土佐藩肥前藩をも巻き込み、開国以来の違勅条約に対する反対論と外国人排撃を主張、実行に移そうとする「攘夷」を、国学の進展などにより江戸時代後期から広がっていた国家元首問題としての尊王論とを結びつけ、「尊王攘夷」を旗頭に「倒幕」の世論を形成していった。

14代将軍・家茂が没してから約4か月後の1866年(慶応2年)12月5日、将軍宣下式が挙行され、慶喜が15代将軍となった。この期間を「将軍空位期」と呼ぶ。慶喜は、早速幕府人事の改革に取り組み、若年寄りや老中などの幕閣を責任分担する制度に改めた。また、仏国駐日公使ロッシュの助言を参照し幕軍体制の近代化、外交権の掌握[注釈 16]などを行った[37]

一方、国内状況では、この年(1866年(慶応2年))、全国的に農民一揆・打ちこわしなど未曾有に多発・激化した[注釈 17]
大政奉還 、王政復古「王政復古 (日本)」、「戊辰戦争」、および「明治維新」も参照

1867年(慶応3年)1月9日、明治天皇践祚した。天皇の外祖父で親長州派の中山忠能は、禁門の変後に出仕・他人面会を禁じられた。この関係だけで否処罰公家たちの復権が行われたわけではない。1867年(慶応3年)1月15日に有栖川幟仁親王と元関白九条尚忠、同月25日に有栖川熾仁親王と中山忠能が宥免された[38]。5月21日、薩摩の西郷と長州の桂との間で、「倒幕」の密約が交わされた[注釈 18]。6月、坂本龍馬が、今後の政体構想の基本となる案を考え出した。これは、のちに船中八策と言われるものである。大政奉還図」 邨田丹陵

同年8月、東海地方に伊勢神宮のお札が降ったことから喜んだ民衆は仮装してええじゃないかと謳いながら乱舞した。これは、夏から秋にかけて、近畿・四国から関東に及ぶ広範囲な地域に波及した。このさなかの1867年11月9日(慶応3年10月14日)に、15代将軍・徳川慶喜は起死回生の策として大政奉還を上奏し、15日、勅許の沙汰書を得る。そして24日、将軍職を辞した。武力によって完全に江戸幕府を倒そうとしていた倒幕勢力は攻撃の名目を一時的に失ったため、先手を取られた形となったが、薩長をはじめとする倒幕派は大政奉還の同日に倒幕の密勅を獲得するなど、あくまで幕府を滅亡させる姿勢を崩さなかった。1868年1月3日(慶応3年12月9日)には岩倉具視・西郷隆盛・大久保利通と結んで王政復古の大号令が発せられ、摂関・将軍を廃し三職が設置される太政官制度が発足した。この日の小御所会議で慶喜に対して内大臣の辞職と領土の一部献上が命令され[40]、新政府と旧幕府の対立は明らかとなり、この号令のもとに、徳川幕府討伐が進んでいった。

慶応4年1月3、4日の鳥羽・伏見の戦いを機に戊辰戦争が勃発。そして、1868年5月3日(慶応4年/明治元年4月11日)、勝海舟西郷隆盛の交渉の結果、江戸城が新政府軍に明け渡され、慶喜は水戸に蟄居したことにより、江戸幕府は名実ともに消滅した。慶応4年1月15日、3職7科の制を定める。3月14日、五か条の誓文、「宸翰[注釈 19]、同15日、五榜の提示など新政府の施策が次々に実施されていった。1868年(明治元年)9月8日、一世一元の制を定められたうえで、明治と改元された。以降は明治時代と呼ばれる。

江戸幕府が崩壊したあとも、一部の幕府残存兵や親幕府大名が関東地方および東北地方(5月3日奥羽越列藩同盟成立)などで抵抗したが、1869年5月17日五稜郭の陥落により(箱館戦争)、戊辰戦争は終結。これによって7世紀以上にわたって続いた武士の時代が名実ともに終了した。武士は華族士族といった称号を獲得したものの、特権や禄を失い、反乱もすべて失敗したことにより、一般の国民に吸収されていった。
政治制度
幕藩体制

江戸時代の統治体制は幕藩体制(幕藩制)と呼ばれ、将軍家(幕府)のもとに、大名家()、旗本御家人が服属する体制である。直轄地は幕領天領と呼ばれ、重要地点には城代所司代町奉行遠国奉行などが派遣、その他の幕領にも郡代代官が置かれ、支配に当たった。

江戸時代は征夷大将軍徳川氏を中心として、武士階級が支配していた封建社会であった。おもな身分制度は、支配階層の武士と被支配階層である百姓町人の以上3つの身分を基礎としていた。


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