気化熱
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熱量の単位としてカロリーを用いるなら、25 ℃ における水の蒸発熱は 584 kcal/kg であり 10.5 kcal/mol である[注 4]

以下この項目では物質 1 モル当たりの気化熱を、単にその物質の気化熱と呼ぶ。

物質の気化に必要なエネルギーは物質により異なる。例えば 25 ℃ におけるメタノールの蒸発熱は 37.5 kJ/mol[注 4] であり、同じ温度の水の蒸発熱 44.0 kJ/mol[注 4] より小さい。おおまかには沸点の低い液体ほど蒸発熱は小さく、高沸点の液体の蒸発熱は大きい。例えば沸点 −269 ℃ のヘリウムの蒸発熱は 0.08 kJ/mol であり、沸点およそ 5900 ℃ のタングステンの蒸発熱は約 800 kJ/mol[10] である。沸点が互いに近い液体の蒸発熱は、似た値になることが多い[注 7]。ただし例外もある。例えば、四塩化炭素(沸点 77 ℃)、エタノール(沸点 78 ℃)、ベンゼン(沸点 80 ℃)の蒸発熱は、それぞれ 29.8[11], 38.6[12], 30.7[12] kJ/mol である。四塩化炭素とベンゼンの蒸発熱が 3% の精度で一致しているのに対して、エタノールの蒸発熱はこれらの物質よりも 30% 近く大きい。すなわち、エタノールを気化する際に必要となる熱量は、その沸点と分子量から予想される量よりも大きい。

気化に必要なエネルギーは、同じ物質でも気化する条件によって異なる。データ集に蒸発熱(または昇華熱)として記載されている値は、平衡蒸気圧の下で 1 モルの純物質の液体(または固体)が同温同圧の純粋な気体に変化する際に、外部から吸収する熱量である。つまり液体(または固体)が気体に相転移するときの潜熱である。この過程は定圧過程なので、吸収される熱量はエンタルピーの変化量に等しい。このエンタルピーの変化量を蒸発エンタルピー[注 8](または昇華エンタルピー[注 9])という[13]。すなわち、データ集に記載されている蒸発熱は、平衡蒸気圧の下での蒸発エンタルピーである。そのため『化学便覧』(丸善出版)のように、見出しが「融解熱」や「蒸発熱」ではなく、「融解エンタルピー」や「蒸発エンタルピー」となっているデータ集がある。

同じ液体でも気化する温度が高くなると、蒸発熱は小さくなる。例えば 25 ℃ の水の蒸発熱 44.0 kJ/mol[注 4] は、100 ℃ では1割近く減少して 40.6 kJ/mol となる。そのためデータ集などでは、蒸発熱に温度が併記されている。通常は、1 気圧における沸点での値か、25 ℃ における平衡蒸気圧での値が物質の蒸発熱として記載されている[注 5]。蒸発熱の変化量はキルヒホッフの法則に従って温度差にほぼ比例するので、沸点の高い液体では沸点における蒸発熱と 25 ℃ における蒸発熱の差は無視できないほど大きくなる。例えばドデカンでは、沸点 216 ℃ における蒸発熱は 44 kJ/mol であり、25 ℃ における蒸発熱 62 kJ/mol[注 4] の7割程度にまで小さくなる。

気化熱の圧力依存性は、気化した分子(や原子)の解離や会合[注 10]が起こらなければ、蒸気理想気体とみなせるような低い圧力では無視できる[注 11]。よって温度が同じであれば、大気中へ気化するときの気化熱は、真空中へ気化するときの気化熱とほとんど同じとみなせる。例えば大気圧下 25 ℃ における水の蒸発熱は、この温度における水の平衡蒸気圧 32 hPa の下での値、すなわちデータ集に記載されている 44.0 kJ/mol に事実上等しい。また、液体に他の物質が溶けているときの蒸発熱は、一般には純粋な物質の蒸発熱とは異なるが、十分に希薄な溶液であればその違いは無視できる。例えば、空気に触れている水には酸素窒素二酸化炭素などが溶けているため、この水の蒸発熱は厳密には純粋な水の蒸発熱とは異なる。しかし、大気圧下では水に溶けている気体の量が微量なので、空気の影響は無視できる。水以外のほかの物質でも事情は同じである。大気圧下 25 ℃ で空気に接している液体が空気中に蒸発する際の蒸発熱は、蒸気分子の解離や会合が起こらなければ、データ集に記載されている 25 ℃ の平衡蒸気圧の下での純粋な液体の蒸発熱に事実上等しい。固体が空気中に昇華する際の昇華熱についても同様である。
凝縮熱

気体が液体に変化するときに放出される熱を凝縮熱(ぎょうしゅくねつ)または凝結熱(ぎょうけつねつ)という。凝縮熱は潜熱の一種であるので、凝縮潜熱または凝結潜熱ともいう。凝縮熱の値は、その逆過程の蒸発熱の値に符号も含めて等しい。凝縮は発熱過程であり蒸発は吸熱過程であるため、定義により凝縮熱も蒸発熱も正の値となる。それに対して凝縮エンタルピー ΔcondH(英語: enthalpy of condensation)は同温同圧の蒸発エンタルピー ΔvapH と絶対値が等しく、符号が逆になる。なぜなら ΔvapH は液体が気体に相転移するときのエンタルピー変化に等しく、ΔcondH は気体が液体に相転移するときのエンタルピー変化に等しいからである。蒸発エンタルピー ΔvapH は、気体 (gas) のモル当たりのエンタルピー Hm(g) から同温同圧の液体 (liquid) のモル当たりのエンタルピー Hm(l) を引いたものに等しい。

Δ vap H = H m ( g ) − H m ( l ) {\displaystyle \Delta _{\text{vap}}H=H_{\text{m}}({\text{g}})-H_{\text{m}}({\text{l}})}

一方、凝縮エンタルピー ΔcondH は

Δ cond H = H m ( l ) − H m ( g ) {\displaystyle \Delta _{\text{cond}}H=H_{\text{m}}({\text{l}})-H_{\text{m}}({\text{g}})}

で定義される。 Hm(g) > Hm(l) なので、蒸発エンタルピーは常に正の値となり、凝縮エンタルピーは常に負の値となる。

蒸発熱と同様に、液化で放出されるエネルギーは、同じ物質でも液化する条件によって異なる。また、液化も気化も一般には不可逆過程なので、対応する逆過程が常に存在するとは限らない。しかし、蒸発熱と同様に考えると次のことがわかる: 常温常圧の空気に含まれる、ある物質の蒸気が凝縮する際に放出する熱量は、データ集に記載されている 25 ℃ の平衡蒸気圧の下での、その物質の純粋な液体の蒸発熱にほぼ等しい。
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フェーン現象
大気中の水分の凝縮熱が原因となって起こる気象現象
気化熱と分子間力

気化熱は、液体や固体中で分子間に働く分子間力に、分子が打ち勝つためのエネルギーであると解釈される[6]
希ガス

ヘリウムの蒸発熱が 0.08 kJ/mol と極端に小さいのは、ヘリウム原子の間に働くファンデルワールス力が非常に弱いためである。 希ガス原子間に働くファンデルワールス力は原子量が大きいほど強くなるので、蒸発熱はヘリウムの 0.083 kJ/mol からキセノンの 12.6 kJ/mol まで単調に増加する。
水素結合

室温で気体として存在する物質の蒸発熱は、トルートンの規則より、25 kJ/mol 程度かそれ以下である。おおまかには、分子量が大きくなるほど蒸発熱も大きくなる[注 12]。例えば、エタン(分子量 30)、プロパン(分子量 44)、ブタン(分子量 58)の蒸発熱は、それぞれ 14.7, 18.8, 22.4 kJ/mol であり、分子量とともに大きくなる。ところが、分子量 18 の 水 H2O の蒸発熱 40.6 kJ/mol は、分子量 16 のメタン CH4 の 蒸発熱 8.2 kJ/mol や分子量 34 の硫化水素 H2S の蒸発熱 18.6 kJ/mol と比べると、異常に大きい。これは、液体中の水分子の間には水素結合が働いているためである[14]。分子量 17 のアンモニア NH3 の蒸発熱が大きくて沸点が高いことも、液体中のアンモニア分子の間に働く水素結合で説明できる。
気体の不完全性


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