歌舞伎
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また、たとえば悪だくみをたくらむ場面とその被害者宅の2つを廻り舞台の上に乗せ、一方から他方への転換を見せ、次に逆回転させて元の場面に戻るというようなことができる[注釈 27]。これを俗に「行って来い」といい、場面が戻るとともに時間も戻るかのように感じられるため、2つの場面の同時性を強く表現できる。

『佐倉義民伝』の子別れ、『入谷』などのように、少しだけ廻して建物の横などを見せることもある。半廻しという。歌舞伎以外の芝居では装置は通常、表側だけしか作らないが、歌舞伎ではこのように厚みのある装置を組むことがある。ときには裏側まで作る。
迫り

迫り(セリ)は昇降装置で、地下(奈落(ならく)という)からせり上がって役者の登場や退場に使われるほか、大道具それ自身をせり上げることで屋敷の地下が現れる[注釈 28]などの迫力のある演出を行う。回り舞台が場面を水平方向へ、迫りが鉛直方向に切り替えて立体感を出す。なおセリの配置や個数は劇場により異なるが、ここでは歌舞伎座のもの[95]を図示した。廻り舞台や迫りは今日では様々な演劇に用いられているが、もともとは享保年間に歌舞伎に取り入れられたものである。
歌舞伎座や京都南座の定式幕。森田座に起源を持つ。国立劇場や大阪新歌舞伎座の定式幕。市村座に起源を持つ。平成中村座の定式幕。中村座に起源を持つ。

歌舞伎では舞台と客席を仕切る幕として定式幕という引き幕(=横方向に引いて開閉する幕)が用いられる。現在用いられている定式幕は三色の縦縞であり、色は左から黒、柿、萌黄の順(歌舞伎座や京都南座など)もしくは柿、黒、萌黄の順である(国立劇場や大阪新歌舞伎座など)。平成中村座は例外的に左から黒、白、柿の順の三色を用いている。

また現在ではさらに上に開く緞帳も用いており、緞帳を開けるとその奥に定式幕が見えるようになっている。開場直後や長い幕間では緞帳が下りているが、芝居が始まるだいぶ前の段階で緞帳を上げ、その後定刻になると定式幕を下手から上手へ引き開けて芝居が始まる。

江戸時代に引き幕を使用することができたのは幕府から許可を得た芝居小屋だけであり、定式幕はいわば官許の芝居の証のひとつであった。江戸には幕府の許可を得た芝居小屋は3つのみ(江戸三座)であり、前述した3種類の定式幕はそれぞれ江戸三座の森田座、市村座、中村座に起源を持つ。ただし引き幕に関する事情は地方によって異なり、たとえば上方では紺無地一色の幕を中央から2つに分けて開いていた[96]

一方幕府の許可のない芝居小屋はさまざまな制限を受けており、引き幕を使えないため代わりにを上下させて幕の代わりに利用していた[97][注釈 29]。したがって歌舞伎における緞帳の歴史をさかのぼるとこうした許可のない芝居小屋にたどりつくが、現在歌舞伎で使われている緞帳の起源は別にあり、明治12年新富座の贈り幕(=大夫元や役者が贔屓客から貰った豪華な幕)がその起源である[98]

その他にも演出上の都合で別の幕が使われることもある。浅葱幕はその名の通り浅葱色の幕で、定式幕のすぐ後ろに配置される。舞台上部で吊られており、吊っている部分を引っ張ることで簡単に幕を落下させられる(「振落し(ふりおとし)」という)。通常であれば定式幕が横に開いていくとそれに従って役者や背景が順に観客の目に入っていくが、浅葱幕はそれを遮る目的で使用される。そして定式幕が完全に開いた段階で浅葱幕を振り落とせば舞台が一瞬にして観客の目の前に表れるため、舞台の鮮やかさを観客に印象づけることができる。逆に舞台上部の棒に縛った浅葱幕を芝居の途中で下ろすことで一瞬にして舞台を観客の目から隠す(「降りかぶせ」という)目的でも使用される。

道具幕は背景として用いられる。道具幕には浪幕(なみまく)、山幕(やままく)、網代幕(あじろまく)などがあり、それぞれ海の波、山、塀の築地が描かれている。黒幕(くろまく)は黒一色の幕で闇夜を表すための背景として用いられる。これらの幕は浅葱幕と同様の仕組みで振り落とされる場合もある。

また不必要なものを隠す目的でも幕は使用され、消し幕は殺された人物の退場、霞幕(かすみまく)は竹本や清元などの演奏者の入退場や演奏していない状態を隠す目的で使用される[99]。消し幕は時代物では緋毛氈(ひもうせん)、世話物では黒布を使用する[99]。霞幕は白い布に水色の雲が描かれた布で作られており、霞のよう[99]であることからこの名称で呼ばれる。また化粧幕は化粧を直している役者を隠す目的の緋色の幕で、鳴神など古風な演出を狙った狂言で用いられる[100]
照明

歌舞伎の古典的な演目では舞台上のどこにも影がなく、均一な照明が好まれるため、通常の劇場の前明かりばかりでなく、舞台上・舞台脇にも多くの明かりがある。現在の歌舞伎座には7列のボーダーライトと5列のサスペンションライトが設備されている。ボーダーライトは作業用の照明ではなく、上演中に点灯するためのものである[101]
歌舞伎音楽

歌舞伎には、多彩な音楽が用いられる。これは「歌舞伎」が本来、最初から劇として作られた演目、人形浄瑠璃を原作とした演目、さらには舞踊といったさまざまの種類の舞台を総合したものであり、各分野に適応した音楽が存在するためである。大きく分けて(1)歌物である長唄と、(2)語り物である浄瑠璃がある。演奏家たちを地方(じかた)という。
長唄
歌舞伎の伴奏音楽として発達した音楽。舞踊劇や舞踊で演奏される(例:『勧進帳』『連獅子』など)。また囃子方とともに下座音楽(後述)を担当する。
義太夫節
人形浄瑠璃は、義太夫節(浄瑠璃の一種)の演奏に合わせて劇が進行する構成であり、歌舞伎でも人形浄瑠璃から移入した演目(『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』など)は同様に義太夫節が演奏される。人形浄瑠璃では登場人物の台詞と状況説明をすべて義太夫節の太夫(語り手)が行うが、歌舞伎での台詞は基本的に役者が担当し、太夫は状況の説明のみを語ることになる。このため、歌舞伎における義太夫節を「竹本(チョボ)」といって区別することがある。義太夫狂言での義太夫節はおもに舞台上手上部にある専用の場所で演奏される。この場所を「床(ゆか)」または「チョボ床」と呼ぶ[102]
常磐津節・清元節
詳細は「常磐津節」および「清元節」を参照ともに浄瑠璃のひとつ。大坂で発展した義太夫節に対し、これらは江戸で発展したもので「江戸浄瑠璃」と呼ばれる[103]。重厚な義太夫節に比べて軽妙洒脱な芸風が特徴で、清元節はさらに繊細な持ち味を備える。舞踊劇や舞踊で演奏される。常磐津節『関の扉』『戻駕』、清元節『落人』『保名』など。
その他
上記の他に、大薩摩節河東節[104]新内節などが使われる演目がある。江戸浄瑠璃の一つである富本節(常磐津節と清元節の系譜の中間に位置する)は江戸時代に盛んに用いられたが、近代以降は衰退し、現在では歌舞伎の伴奏として演奏されることはない。
下座音楽
詳細は「下座音楽」を参照「黒御簾音楽」ともいい[4]、劇中音楽を担当し、「黒御簾(くろみす)」と呼ばれる舞台下手脇の専用の場所で伴奏音楽や効果音を演奏する。効果音では、太鼓を使った水辺を表す音や鉦による寺院の鐘の音など、楽器を使ってさまざまな効果を表す[4]

長唄は舞台の正面または上手に雛段を設け、そこに出囃子とともに並んで演奏する[105]。義太夫節の床以外での演奏は出語りという。常磐津や清元は山台という台に上がって演奏するが、山台はふつう常磐津だと舞台下手に、清元は舞台上手に置かれる[106](ただし清元の山台も本来は舞台下手に置くものだったという)。各流派の演奏はひとつの演目の中で単独で行うとは限らず、異なる音曲が順番に演奏を担当する(掛け合い)ものや、合奏するものがある。たとえば『京鹿子娘道成寺』では初めに義太夫が語り、次に長唄が演奏する。また舞踊劇『紅葉狩 』では常磐津節、長唄、義太夫節が掛け合いで演奏し、これを三方掛合(さんぼうかけあい)という[107]。長唄や浄瑠璃各流派は、歌舞伎公演のほか日本舞踊の伴奏や単独での演奏会も行われている。
興行歌舞伎座(東京都中央区)京都四條南座

2014年現在、歌舞伎の興行は松竹がほぼ独占的に行っている。松竹の興行の名称の多くは大歌舞伎、花形歌舞伎のいずれかの名称がついており(例:三月大歌舞伎)、前者はベテランの役者が、後者は若手の役者が中心となる興行を指す。

歌舞伎のみが演じられる劇場としては歌舞伎座があるが、そのほかにも歌舞伎が一定の頻度で行われる劇場として関東では新橋演舞場国立劇場明治座日生劇場浅草公会堂新春浅草歌舞伎)などがある。ほかの地域では大阪松竹座南座御園座博多座旧金毘羅大芝居(金丸座)、内子座永楽館康楽館 などがある。そのほかにも「松竹大歌舞伎」などの名称で全国に地方巡業を行っている。ほかに福岡県嘉穂劇場、熊本県八千代座で行われることがある。
観劇

以下、歌舞伎座での興行形態を説明するが、ほかの劇場でもこれに準じた形態で興行することが多い。興行は1か月を単位とし、各月の興行は月末の数日を除いた25日間であり、通常興行中に休演日はない。

基本的に2部制(3部制のときもある)で、午前の部と午後の部からなる。各部は複数の演目から構成されている場合も多いが、観劇の料金は部単位であり、これら演目の料金をセットで支払う必要がある。午前の部は午前11時から午後4時頃まで、午後の部は午後4時半から午後9時ごろまでである。


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