椎名林檎
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オリコンで230万枚を超える大ヒットを記録し、このアルバムで日本ゴールドディスク大賞ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー[41]第42回日本レコード大賞 ベストアルバム賞[42] を受賞する。

4月17日より、2度目のライブツアー「下剋上エクスタシー」を行う。栃木県総合文化センターを皮切りに、全国14都市を回った。

6月21日、ともさかりえのシングル「少女ロボット」に表題曲「少女ロボット」他2曲を提供。

6月から7月まで、ガールズバンド発育ステータス」を結成してシークレット・ライブハウスツアー「御起立ジャポン」を行った。

7月30日、福岡県飯塚嘉穂劇場にて一夜限りのライブ「(稀)実演キューシュー 座禅エクスタシー」を開催。この時実施されたインターネットライブ中継で、瞬間同時アクセス数が当時の日本新記録となる17,300ストリームを記録した[注 13][43]

11月、ギタリスト弥吉淳二と極秘入籍[44]


2001年

1月29日、自身のオフィシャルサイトで弥吉淳二との結婚と妊娠を発表[44]

3月28日、7枚目のシングル「真夜中は純潔」発売[注 14]。以降、出産のために一時活動を休止。

7月、男児を出産。


2002年

1月、弥吉淳二と離婚[44]

5月27日、初のカバー・アルバム唄ひ手冥利?其ノ壱?』発売。

10月27日発売のスピッツトリビュート・アルバム一期一会 Sweets for my SPITZ』に参加、「スピカ」をカバーした。


2003年

1月22日、復帰後初のシングル「茎 (STEM) ?大名遊ビ編?」を発売。自身初のオリコンシングルチャート 1位を獲得した。

2月23日、サード・アルバム『加爾基 精液 栗ノ花』を発売。それに先駆けて、アルバムのプロモーションのためにTBS報道番組筑紫哲也 NEWS23」内のコーナー「金曜深夜便」(2月21日放送)に録画で出演し、メインキャスターの筑紫哲也と対談。これが活動休止後初の地上波テレビ出演となった。またテレビ朝日系の報道番組「ニュースステーション」(3月26日放送)に今度は生出演し、同様にメインキャスターの久米宏と対談した。アルバムの発売当日には、それを記念したコンサートイベント「実演生中継 賣笑エクスタシー」を東京都九段会館で開催。その模様は全国各地のホールやライブハウスに衛星生中継された。

8月より、約3年ぶりの全国ツアー「実演ツアー 雙六エクスタシー」を開催[注 15]。9月27日には追加公演として初の日本武道館公演を行う。また夏の間にトレードマークだった鼻の下のほくろを手術によって除去[45]

11月25日、9枚目のシングル「りんごのうた」を発表。この楽曲は10月から11月にかけてNHKみんなのうた」で放送された。このシングルで一旦ソロ活動を停止する。


2004 - 2007年:東京事変始動

この節の加筆が望まれています。

2004年


5月31日、バンド「東京事変」としての活動を宣言。神戸でのライブイベントを皮切りに「MEET THE WORLD BEAT」、「FUJI ROCK FESTIVAL '04」、「SUNSET LIVE 2004」に参加、同年9月にシングル、11月にはアルバムを発売(詳細は東京事変を参照のこと)。

2005年


7月8日、フジテレビ系の音楽番組「僕らの音楽」にて、福岡のアマチュア時代から親交のあったZAZEN BOYS向井秀徳が自身の特集回で椎名を歌のゲストとして招き、共演を果たす[46]

12月、公式ファンクラブ「林檎班」の会員限定イベント「第1回林檎班大会 アダルト・オンリー」にて、久々にソロでのライブを行う。

2006年


11月11日、椎名林檎名義としては3年ぶりのリリースとなるSOIL&"PIMP"SESSIONSとの共演作品「カリソメ乙女(DEATH JAZZ ver.)」を配信限定で発売し、ソロとして本格復帰を果たす。この楽曲はフォトグラファー蜷川実花初の監督作品であり、椎名が初の音楽監督を務める翌2007年公開の映画さくらん」の主題歌で、劇中には様々なバージョンの楽曲が挿入歌として使用されている。

2007年


1月17日、椎名林檎×斎藤ネコ+椎名純平名義でシングル「この世の限り」を発売。この楽曲は映画「さくらん」のエンディング・テーマに起用された。

2月21日、椎名林檎としては4年ぶりとなるアルバム『平成風俗』を斎藤ネコとの共同名義で発売。

2月23日、フジテレビ系の音楽番組「僕らの音楽」に出演、ゲストとして招いたシアトル・マリナーズ所属(当時)のメジャーリーガーイチローと対談を行った[47]

2008年 - 2012年:デビュー10周年から東京事変解散まで

この節の加筆が望まれています。

2008年


2月15日、映画『さくらん』で「第31回日本アカデミー賞」の音楽賞にノミネートされ、優秀音楽賞を受賞。

3月、香港国際映画祭が主催するイベント「アジアン・フィルム・アワード」に作曲賞でノミネートされる。

5月27日、デビュー10周年企画が始動。同日に10周年特別サイト「椎名林檎10周年記念特設サイト ringo10th.com」を開設する。

7月2日、デビュー10周年企画の第1弾として、10周年記念コンピレーション・アルバム『私と放電』と10周年記念ビデオクリップ集『私の発電』を2作同時に発売。

8月中旬、北海道で開催された「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2008 in EZO」に出演。15日は東京事変名義で、16日には椎名林檎名義で出演した。

9月3日リリースのTOKIOのシングル「雨傘/あきれるくらい 僕らは願おう」に表題曲のひとつ「雨傘」とカップリング曲の「渦中の男」の2曲を提供。

9月17日、デビュー10周年企画の第2弾として、2000年に行われたライブを収録したDVD『座禅エクスタシー』を発売。

11月25日、デビュー10周年企画の第3弾として、CD-BOX『MoRA』とDVD-BOX『MoRA』(高音質音声トラック)を同時発売。それ以外にも、『無罪モラトリアム』と『勝訴ストリップ』のアナログ盤を初回生産限定で同時発売。

11月28日から30日までの三日間、デビュー10周年を記念したソロライブ「椎名林檎 (生)林檎博'08 ?10周年記念祭?」をさいたまスーパーアリーナで開催。


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