松田聖子
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8月14日、「青い珊瑚礁」で、TBS『ザ・ベストテン』に初ランクイン(8位)[7]

9月18日、「青い珊瑚礁」で、TBS『ザ・ベストテン』の第1位を初めて獲得。

9月25日、『ザ・ベストテン』で「青い珊瑚礁」が2週連続第1位となる。

9月30日、日本青年館ファーストコンサート『First Kiss』開催。

10月 3枚目のシングル「風は秋色」で初のヒットチャート第1位獲得。

8月 - 12月、「青い珊瑚礁」で第22回日本レコード大賞新人賞をはじめ、10もの大きな音楽祭の賞を獲得。第31回NHK紅白歌合戦に初出場。「聖子ちゃんカット」と呼ばれるヘアスタイルが大流行し、「ブロマイド」の年間売り上げでトップに輝く。

1981年


1月、イタリアサンレモ音楽祭に出場。

3月、「青い珊瑚礁」が1981年春の選抜高等学校野球大会の入場行進曲になる。

4月、初の全国横断コンサート(6か所8公演)の締めくくりに日比谷野外音楽堂で『'81聖子ビックコンサート in TOKYO』を開く。

7月 - 9月、コンサートツアー『Nice Summer Seiko』

8月8日、初主演映画『野菊の墓』公開。

8月13日、「白いパラソル」が、TBS『ザ・ベストテン』で番組史上初となる「初登場第1位」を獲得(9072点)。

12月、「聖子ちゃんカット」をバッサリ切り、ショートカットになる。

この年の暮れから、父親の定年退職を機に両親を九州から呼んで共に暮らすようになる[40]。のち神田正輝と結婚するまでは東京都目黒区東が丘の一軒家で、この家の門は、代表作「青い珊瑚礁」のサビ部分「あ?私の恋は?」の五線譜で飾られていた。

1982年


3月、CBS・ソニー・ヒット賞受賞。

4月 - 5月、コンサートツアー『FANTASTIC CONCERT』開催。

8月、新宿コマ劇場梅田コマ劇場『聖子フェスティバル』

12月25日、初の日本武道館でのコンサート『Christmas Queen』を開く。

1983年


2月、12枚目のシングル「秘密の花園」が10曲連続シングルチャート1位となり、 9曲連続のピンク・レディーの記録を破る。

2月、大阪厚生年金会館で『Seiko New Year Concert』開催。

3月28日、沖縄市営体育館でのコンサートにて、「渚のバルコニー」の歌唱中に観客席から男が乱入し、工事用のプラスチックパイプで聖子の頭部を目掛けて数回殴打するという事件が発生。男は傷害の現行犯ですぐに逮捕されたが、聖子は右頭部と右手に全治約1週間の軽傷を負い恐怖で失神し、その日のコンサートは中止となった[40][注釈 7]この様子は日本テレビがザ・トップテンの放送のために撮影をしていたため、ワイドショー等で頻繁に放送された。その後、4月5日の熊本コンサートから復帰を果たした(なお、現地の当時の様子を伝えていた沖縄テレビ[注釈 8]の中安章生はザ・トップテンのスタジオと中継の際、誤って「白いパラソルを歌っていた」と伝えている)。

4月、フジテレビの音楽番組『ザ・スター』に出演。『ザ・スター 松田聖子スペシャル 振り向けば・・・聖子』放送[41]

7月、コンサートツアー『アン・ドゥ・トロワ』開催。中井貴一共演の主演映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』公開(主題歌は13枚目のシングル「天国のキッス」)。

8月、「SWEET MEMORIES」がサントリー生ビールのCMソングに。ジャケット写真は最初のものと後に発売された両A面版と2パターンある。

11月17日、「SWEET MEMORIES」(9位、6796点)と「瞳はダイアモンド」(2位、8199点)が、TBS『ザ・ベストテン』で番組史上初となる「2曲同時初登場」を記録。

12月、日本武道館でコンサート『SEIKO LAND』開催。伊集院静が舞台演出。

1984年


1月 - 4月、コンサートツアー『JEWELS』開催(15か所16公演)。

4月 - 6月、コンサートツアー『FANTASTIC FLY』開催。日本武道館では香水をまく演出が話題に。伊集院静が舞台演出。

7月、ハワイ大学へ短期留学。羽賀研二共演の主演映画『夏服のイヴ』公開。

7月 - 11月、コンサートツアー『Magical Trump』開催。伊集院静が舞台演出。

12月、コンサートツアー『GOLDEN JUKE』開催

『ドレミファドン』のアンケートで「結婚したい女性」のNo.1(回答は若い男性対象)となる。

1985年


1月23日、交際を公にしていた歌手・郷ひろみと破局、東宝スタジオの食堂にて涙の会見を行う[26]

2月、ハワイから帰国した神田正輝が記者会見で松田聖子との交際を認める[26]

4月9日、神田正輝との婚約発表[26]

4月13日、神田正輝共演の主演映画『カリブ・愛のシンフォニー』(メキシコロケ)公開。

4月18日、『ザ・ベストテン』にて、結婚後の芸能活動は未定であり、引退も視野に休業する旨を報告。

4月 - 5月、コンサートツアー『SEIKO PRISM AGENCY』開催(5か所8公演)。

6月24日、神田正輝とサレジオ教会で結婚式を、ホテルニューオータニで披露宴を挙げる。2人の結婚は、世紀の結婚をもじって「聖輝の結婚」と呼ばれた[26]

11月、翻訳した絵本『ベビー・ディヴァインの冒険』の発売[27]

12月、『第36回NHK紅白歌合戦』の出演以降、出産準備のため、約1年間テレビ出演などの主であった芸能活動を休止する。

1986年


東京都世田谷区に家を新築し、夫・両親と居住。その後、近隣に転居[42][43]

1月、神田法子名義で自叙伝『聖子』出版[27]

6月1日、妊娠中に収録したアルバム『SUPREME』をリリース。

10月1日、長女・神田沙也加を東京飯田橋東京逓信病院で出産[27]

12月、『第28回日本レコード大賞』で『SUPREME』がアルバム大賞を受賞。1年ぶりにステージに立ち、アルバムから3曲をメドレーで歌唱。続いて『第37回NHK紅白歌合戦』にも出場[27]

1987年


4月、約2年ぶりのシングル「Strawberry Time」リリース。結婚・出産を経てもアイドル人気は衰えず、“ママになったアイドル”という意味の「ママドル」と呼ばれる。

4月、写真集『Five Seasons』(篠山紀信/撮影)出版。

4月23日、「Strawberry Time」でTBS『ザ・ベストテン』最後のスポットライトを獲得(2年ぶりの出演)。ランクインは次々週まで待つ事になる。

6月4日、「Strawberry Time」でTBS『ザ・ベストテン』最後の1位を獲得。

5月 - 6月、コンサートツアー『SEIKO SUPER DIAMOND REVOLUTION』開催(8か所15公演)。

9月、TBS特別企画ドラマ『スイート・メモリーズ』主演。

1988年


2月14日、東京都目黒区の自由が丘にブティック「フローレス・セイコ」(Flawless Seiko) をオープン[27]。「フローレス (Flawless)」とは (宝石が)傷のない、完璧な という意味で、ダイアモンドの最高級を表す[27]。(※2014年11月1日に「felicia club by Seiko Matsuda」に店名を改名しリニューアルオープン)

3月、CBS・ソニー・ゴールドディスク大賞受賞。

4月28日、「Marrakech?マラケッシュ?」でTBS『ザ・ベストテン』最後の出演[27]
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