二子玉川園 - 中耕地(なかこうち) - 吉沢(よしざわ) - 〔伊勢宮河原〕(いせみやがわら) - 〔大蔵〕(おおくら)- 砧本村(きぬたほんむら/旧名:砧) 二子読売園 - 二子(ふたこ) - 高津(たかつ) - 溝ノ口(みぞのくち) 渋谷 - 稲荷橋(いなりばし) - 並木橋(なみきばし) - 渋谷区役所前(しぶやくやくしょまえ/旧名:渋谷町役場前)[注釈 9] - 比丘橋(びくばし)- 渋谷橋(しぶやばし/旧名:恵比寿駅前)[注釈 10] - 恵比寿橋(えびすばし) - 新橋(しんばし) - 豊沢橋(とよさわばし) - 天現寺橋(てんげんじばし) 渋谷橋 - 恵比寿駅前(えびすえきまえ)[注釈 11] - 長谷戸(ながやと) - 鎗ヶ崎(やりがさき) - 中目黒(なかめぐろ) 2017年に玉電開業110周年を迎えたことを記念して、世田谷線で300系による「玉電110周年幸運の招き猫」と称するラッピング電車を同年9月25日から2018年3月末まで運行している[25]。
溝ノ口線
天現寺橋線
中目黒線
下高井戸線「東急世田谷線#駅一覧」を参照
玉電廃止後のイベント
「玉電110周年幸運の招き猫」(三軒茶屋駅 2017年9月撮影) 「玉電110周年幸運の招き猫」(三軒茶屋駅 2017年9月撮影)
同左、(三軒茶屋駅 2017年9月撮影) 同左、(三軒茶屋駅 2017年9月撮影)
脚注
注釈[脚注の使い方]^ 溝ノ口線については、原口隆行『日本の路面電車II』p.97(JTB、ISBN 4-533-03459-4)に記載のキロ程(天現寺橋 - 溝ノ口間13.9 km、渋谷 - 天現寺橋間2.7 km)、および上記玉川線のキロ程より算出。
^ 開通当初は道玄坂上を起点とした暫定開業、同年全通。
^ 桜並木を設け、のち新町は桜新町に改称されている。
^ この地区は、当時の玉川電気鉄道社長津田興二の名をとり、のち津田山と呼ばれるようになった。
^ 大橋ジャンクション横に、玉電大橋車庫跡のプラットホームが再現されている。
^ 現在、玉川高島屋S.C東館の駐車場棟が区画上に斜めに建つのは、これがかつての軌道上に位置するため。
^ 通常、軌道線は「駅」(「停車場」)では無く「停留場」「電停」と呼ぶが、「駅」と呼ばれることもある。ただし、運行当時の玉電沿線では用賀等「駅」と呼ばれていた電停が多かった。現在の世田谷線も同様である。
^ 1955年代 - 1965年代には200型を擁して「プール行き」「直通」なる表示板を掲げた急行が夏期に運行された。停車駅は渋谷、三軒茶屋、駒沢、用賀、二子玉川であった。
^ 1932年(昭和7年)に大東京市制施行(区部拡大・35区制施行)により渋谷区が誕生すると、渋谷町役場に渋谷区役所が置かれたため、停留所名が変更された。
^ 1927年(昭和2年)に中目黒線が開通した際、恵比寿駅前停留所が新設されそれまでの恵比寿駅前停車場は渋谷橋停車場に名称を変更した。
^ 中目黒線開通前に恵比寿駅前を名乗っていた渋谷橋停留場とは異なる。
出典[脚注の使い方]^ 林順信『玉電が走った街 今昔』ISBN 4-533-03305-9 より。
^ a b c d 『地方鉄道及軌道一覧. 昭和12年4月1日現在』
^ a b c d e f g h i 『株式年鑑 昭和13年度』
^ 『日本全国諸会社役員録. 第36回(昭和3年)』
^ 『株式社債年鑑. 昭和7年度』
^ 『日本全国諸会社役員録. 第36回(昭和3年)』