暴力団
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暴力団自身は自らの組織名として、創設者の姓名、発祥地や拠点とする地名などに「」「」「一家」「連合」「連合会」「興業」「総業」などを添えて名乗る場合が多い。江戸時代からほとんどの団体は親から継いだ「一家」を冠し、傘下に「組」を冠する団体を置いていた。明治から昭和にかけて複数の一家が集まった「会」などが現れた。令和の現在も「会」の傘下に「一家」を置き、さらにその傘下に「組」や「興業」を置く団体が多いが最大勢力の山口組に関しては他の暴力団に比べ新興組織であるため例外と言える。傘下団体は企業右翼団体NPO法人のような組織名を掲げ、一般的な団体と装って資金獲得活動に勤しむこともある。
組織構造典型的な一家構成の例

日本のヤクザは通常、親分(組長)に対して弟分と子分が絶対的に服従する家父長制を模した序列的・擬制的血縁関係を構築することで、この関係によって強固な結束を確実なものにする。一般に、盃事と呼ばれる儀式を経ることによって強い絆で結ばれる。組員は、組長から見て弟分(舎弟)と子分の2つに大別される。子分から見て叔父にあたる舎弟の方が序列は上だが、跡目継承権は子分が上である。組長と組員のみの組織を1次団体と呼ぶ。組員がさらに自らを組長とする団体を組織した場合、この団体は2次団体と呼ばれる。2次団体の組員もまた、自らを組長とする3次団体を組織する。組のヒエラルキー構成

これを繰り返すことによって暴力団はピラミッド型の階層構造を形成する。例えば山口組は、5次団体までの存在が確認されている。各階層の団体において、当該組長と盃を交わした組員を直参と言う。暴力団組織においては子分相互の間においても厳格に上下関係があり、「分違い(ぶちがい)」といって暴力団社会における一種の人物的な重みの違い、すなわち「貫目(かんめ)」の違いによって上下的な関係がきまり、兄弟盃(的屋系暴力団では義兄弟盃)と言われる盃事によって擬制の兄弟分となる。

組長が引退・死亡した場合には、組員の中から新たな組長が決められる。個々の組織の状況にもよるが、長男に当たる若頭が選ばれる場合が多い。新たな組長が就任すると、他の組員との間で盃直しと呼ばれる儀式が行われ、新たな序列に基づく擬制的血縁関係が再構築される。先代組長が跡目を指名しなかった場合には、組員同士の話し合いや入れ札(投票)で決められる。跡目選定を巡る内部対立から組織分裂に到った例としては、山口組からの一和会の分裂が挙げられる。
資金獲得活動と組織内の金の流れ指詰めによって小指の第二関節から先が無いヤクザ

暴力団はヤクザ者のギルド、または相互扶助団体のようなものである。企業のような給与はなく、組に入り立ての時期に組長の家などに住み込んで雑務を行う「部屋住み[16]の時に組長や兄貴分から貰える小遣いを除けば、各組員は自分自身で生活資金を含めた金を稼がなければならない。親分・子分関係は徒弟制度という側面もあり、建前上は「食うや食わずの若者に渡世を教える」ということになっており、部屋住みの時期に親分や兄貴分から「シノギ(凌ぎ)」と呼ばれる資金獲得の手段を学ぶ。

一方で、組織は「子が親を養う」(親孝行)の建前のもと、組員が代紋を使用すること(シノギの際に組織の名前を使用する等)の対価として組員から一定額の会費を上納させ運営経費に充てる。大組織の親分になると自らの手で違法なシノギをする必要はなく、上納金を組織の運営費や活動資金に充てるほか、上納金で豪邸を構え、愛人を囲い、高級外車に乗り、豪奢な生活を送るのが実態となっている。組員の上納金に関しては2015年の山口組分裂騒動が起こった時点では、直参組長たちに月100万円以上もの上納金が課せられていることが話題となり、同時期の文献には幹部で月40万 - 50万円、二次団体の若頭クラスで月25万円、平組員だと1万円弱を組に収めるとある[16]。また、義理掛けなどの慶弔費もこれとは別に徴収する。また各組織ごとに企業舎弟や顧問先などをもち、そこで得られた利益も上納金として上部組織に納められるようになっている。近年では高額な会報や上部組織の関連企業が扱う各種備品の購入を強要されることもあり、度重なる上納金の強要が組織内の対立と分裂の要因ともなっている。

シノギでは、みかじめ料徴収などの恐喝行為、意に沿わない者や建造物等に対する放火銃撃売春の斡旋、覚醒剤麻薬などの違法薬物取引強盗窃盗賭博開帳、誘拐による身代金闇金融総会屋などの非合法な経済活動、何らかの理由で公に出来ない交渉事の請け負いや介入などを行うことが多い。また、日本刀銃器などを用いた団体間の抗争を行うことがあり、それによる殺人事件も発生している。警察庁では、特に覚せい剤取締法違反、恐喝、賭博及びノミ行為の4種類の犯罪によるシノギを「暴力団の伝統的資金獲得活動」と位置付けているが[17]暴対法暴力団排除条例などの施行後は減少傾向にある。一方で、特殊詐欺や取引単価の高い海産物を狙った密漁などが増加傾向にある[18]

また、法と条例の規制によりシノギが難しくなったことによる組員の困窮化と犯罪の巧妙化と悪質化が問題となっている。その一例として、複数の暴力団関係者が別の組織の組員や犯罪グループと手を組んでATM不正引き出し事件を行った例があげられる。他には生活に困窮した組員による生活保護費を巡る詐欺拳銃を担保にした借金結婚式場での売上金の窃盗電気料金を抑えるためのメーターの違法改造などの事例もあげられている[19]

シノギでの失態や掟破りに対する組織内での制裁は、指詰めから除籍破門絶縁所払いに至るまで多岐に渡る。
構成員と準構成員
構成員と準構成員の違い

暴力団のメンバーを指す語として、「暴力団員」「構成員」「組員」などがあり、いずれも同じ意味合いを持つ[20]。一方で、これらを含む「暴力団関係者」の他の例として、組に所属してはいないが組との関係を有し、組員と似たようなこと、あるいは組のスポンサーのようなことを行う者を「準構成員」という[21]警察庁の定義によれば、準構成員とはすなわち、「構成員ではないが、暴力団と関係を持ちながら、その組織の威力を背景として暴力的不法行為等を行う者、または暴力団に資金や武器を供給するなどして、その組織の維持、運営に協力し、もしくは関与する者」となる[22]。ほか、準構成員よりさらに暴力団と距離を置く「暴力団関係者」を指す「共生者」という警察用語などがある[23]
構成員と準構成員数の変遷(勢力の減退)

暴力団の勢力は戦後の日本社会の混乱期に拡大し続けて、1960年代前半に最盛期を迎え組織数は1961年に5,400組織、構成員と準構成員数は1963年に184,100人の頂点に達した。これに対して警察は1964年から第一次頂上作戦、1970年から第二次頂上作戦を行い、その勢力を減退させた。また1992年には暴力団の活動を大幅に抑制する「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(平成3年法律第77号、暴対法)が施行され、1990年代後半時点では構成員と準構成員の総数は8万人前後と最盛期の半分程度までに減少した[4]

暴力団対策法施行後暫くは、減少した構成員を増加した準構成員で補う形で総数の横ばいが続いたが、2004年以降は共に数を減らしており、2010年から2016年は毎年5,000人?8000人程度、2017年以降は減少幅が少なくなったものの減少している。暴対法と暴力団排除条例はこのように暴力団の活動に打撃を与えて、構成員の減少には効果を上げているが、シノギが行えなくなった暴力団の犯罪の地下組織化も懸念されている。また、減少の一部には構成員から半グレグループに移った者も含まれていて、特殊詐欺や金の密輸などの組織犯罪分野で台頭している[24]。また、暴力団側も近年は新人や下部メンバーを組員として登録せず、傘下の半グレ集団の一員として活動させているとも言われる[25]

警察庁の発表によれば、2023年末時点の全国の暴力団勢力は20,400人で、19年連続で減少した。その内訳は、暴力団に所属する構成員(組員)が約10,400人、所属しないが暴力団の活動に関わる準構成員などは10,000人である[3][26]


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