それ以外の昆虫は、ほとんどが翅を羽ばたきの方向に対して後ろ向きに折り畳み、背中に重ねるようにして片付けることができる。ゴキブリも古い形質をもつ昆虫であるが、翅を下翅二枚、上翅二枚と交互に重ね、背中に密着させて畳む。従って、ふだんは翅がコンパクトに片付けられており、狭い隙間に潜り込んだり翅の損傷を防いだりする際に有利だと考えられている。
大部分の昆虫は、翅を四枚もつが、実質は二枚として使い、トンボのように前後別々に動かすことはない。チョウは前後の翅の一部を重ね、同時に羽ばたかせる。セミやハチ、チョウ以外の大半のチョウ目(いわゆるガ)などでは、前翅と後翅が一体となって動くよう、前翅の後縁と後翅の前縁が互いに引っ掛かるように鉤がついている。
また、コウチュウ目の場合、後翅は膜状で薄く広いのに対し、前翅は硬化していて鞘翅と呼ばれる。平常時、後翅は折り畳んで背中に密着させ、前翅は後翅や腹部を守るようにその上を覆っている。外から見ると背中を甲羅が覆っているように見えることから、「甲虫」の名がある。コウチュウ目の多くの昆虫では鞘翅を飛翔時にバランサーとしても使う(この例外としてはハナムグリが挙げられる)。また、飛ぶことのないオサムシやゾウムシの一部の種類では、左右の鞘翅が互いにくっついて保護の役割のみを果たしている。同様のことはカメムシ亜目やハサミムシでも見られる。
さらに、ハエ目では、翅が二枚しかない。これは、後翅がごく小さく、先端が球状に膨れた、こん棒状の器官に変形してしまっているためで、これを平均棍と呼ぶ。平均棍は前翅の運動と同期して高速で回転し、ジャイロスコープと同様に慣性によって虫体の動きを感知する感覚器として働いている。昆虫で最もうまく飛ぶのもハエ目のもので、種類にもよるが、昆虫のなかでは最速のもの、空中停止(ホバリング)できるもの、宙返りできるものなど、さまざまである。また、カ類の羽ばたき回数は毎秒600回に達し、ブユなど毎秒1000回の羽ばたきをするものさえいる。 動物であるから、筋肉を用いて翅を動かしているが、その仕組みにもいくつかの型がある。 トンボの場合、翅の基部には筋肉が結び付いており、これが直接に翅を駆動する。前翅と後翅は別々に動く。 それ以外の昆虫では、筋肉は胸部体節の背面と腹面のキチン板につながり、胸郭を上下に動かすことで、間接的に翅を動かすようになっている。この間接的な翅の駆動機構には一種のクラッチシステムが組み込まれており、羽ばたきに使う筋肉を動かすときに胸郭だけを動かして翅を動かさないようにすることもできる。多くの昆虫が飛翔に先立ち、飛翔が可能なだけの筋力を出せるように、筋肉を動かして体温を上げている。 昆虫には、翅を飛行以外に使うものがある。有名なのはコオロギ、キリギリス、スズムシなどに見られる発音器官として使うことである。前翅は左右対称でなく、ヤスリ状の器官があって、これをこすり合わせて発音している。カやアブでは、翅の鳴音によって雌が雄を誘引するなど、音による情報交換がある。 チョウの翅には、さまざまな色の鱗粉があり、それによって美しい模様ができているが、この模様には、視覚的情報による情報交換の意味が含まれる。トンボにも翅の模様で情報交換するものがある。 水生昆虫では、ゲンゴロウなどが、翅と体の隙間を空気タンクとして使用し、水中での呼吸を可能にしている。 先に述べたように甲虫類などは前翅が硬く厚くなっていて、これを体の防御に使う。 昆虫の翅の起源については長らく議論が交わされてきた。伝統的に大きく「エラ起源説」と「側背板起源説」があったが、2010年頃に理化学研究所のグループがイシノミとカゲロウで、“翅遺伝子”がどこで発現しているのかを分析したところ、エラと側背板の両方で発現していることが明らかになり、エラ説と側背板説の「複合説」が大きくクローズアップされた[2]。いっぽう、2020年に発表された遺伝子の研究では、昆虫の翅は祖先の甲殻類が持っていた脚の基部(先端から8節目)の外葉が背側に移動して進化したことが明らかになった[3]。 有翅亜綱に属する昆虫の大半は、原則として翅を有しているが、二次的に翅を消失した種、飛行能力を失った種は、トンボ目とカゲロウ目以外の全ての目に存在する。目のレベルで、その構成種が全て翅を有していないものは、有翅亜綱では、ガロアムシ目、カカトアルキ目、ノミ目である。(シラミ目、ハジラミ目も全て翅を有していないが、近年ではこれらは、有翅昆虫であるチャタテムシ目とともに咀顎目を構成するとされている。
駆動法
翅の使い方
翅の起源
無翅の昆虫
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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