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1994年 - 三星自動車(現、ルノーサムスン自動車)への技術支援を行う。
1999年3月 - フランスのルノーと資本提携し、ルノー=日産アライアンスを結成しルノーの傘下になる。6月にルノー副社長のカルロス・ゴーンが最高執行責任者(COO)に就任し、経営再建計画である「日産リバイバルプラン」を発表した。
2000年代
2000年 - フェアレディZ生産中止。Zの名前が2年近く消滅する。
2001年 - ゴーンが6月に社長兼最高経営責任者(CEO)となる。
2002年 - スズキより、軽自動車「MRワゴン」のOEM供給を受け、「モコ」として発売開始。軽自動車市場へ参入を果たし、ゴーンが「日産リバイバルプラン」の目標達成を宣言した。また、フェアレディZが2年ぶりに復活する。
2003年
2月 - セフィーロを廃止し、前年に廃止となったローレルとの統合後継車としてティアナを投入。
10月 - 日産ディーゼル工業と小型トラックの合弁会社「日産ライトトラック」を設立。
2004年9月 - サニーを廃止し、ティーダを発売。10月、セドリック・グロリアを廃止し、フーガを発売。12月、リバティを廃止し、ラフェスタを発売。
2005年
4月より従来の販売会社別での取扱車種を撤廃、全販売会社(レッドステージ&ブルーステージ)ですべての車種の購入が可能となる。
経営再建中の三菱自動車工業との包括的な事業提携。それに伴い、事業提携の一環として三菱製軽自動車eKワゴンのOEMとしてオッティを投入。
4月にゴーンが親会社のルノーの取締役会長兼CEO(PDG)に就任、日産の会長兼CEOも兼任する。
9月に、ゴーンが進めてきた日産180を終了。
2006年
6月 - グローバル生産累計台数1億台突破。
9月 - 日産ディーゼル工業の全ての株式をABボルボへ売却し、資本関係を消滅。
2007年12月 - スカイラインの名前を捨て新たな道を歩む、日産GT-Rを販売開始。
2008年 - 環境省の「エコファースト制度」に認定。