その一方で、景戒が属する興福寺や法相宗(薬師寺・行基集団などを含む)を称賛する説話を多数収録する反面、道慈や鑑真ら他宗の僧侶などに関する逸話を忌避しているという見方もあり[2]、特に失明や眼病を悪行による仏罰であるとする説話を意図的に取り上げることで暗に(来日時に失明した)鑑真を否定的に評価する意図を有していたとする研究者もいる[3]。
田に引く水をめぐる争い(上巻第3)、盗品を市で売る盗人(上巻第34、第35、下巻第27)、長期勤務の防人の負担(中巻第3)、官営の鉱山を国司が人夫を使って掘ること(下巻第13)、浮浪人を捜索して税をとりたてる役人(下巻第14)、秤や桝を使い分けるごまかし(下巻第20、第26)など、説話自体が事実を伝えるものではないとしても、その主題から外れた背景・設定からは、当時の世相を窺い知ることが出来る。
また、性愛を扱った説話も収められている。例えば、生まれた息子を愛するあまりに陰茎を啜るようになった母が三年で病を得、臨終の際に子の陰茎を吸いながら「わたしは、今後次々に生まれ変わって、後の世でいつもそなたと夫婦になります」[4]と言い残し死ぬ。この母が隣家の娘に生まれ変わったのちに息子と結婚し、前世の墓の前で夫婦で嘆くといった奇譚などがある(中巻「女人. 大蛇に婚はれ薬の力に頼りて命を全くすること得る縁 第四十一」中の挿話 )。 編纂の目的から、奇跡や怪異についての話が多い。『霊異記』の説話では、善悪は必ず報いをもたらし、その報いは現世のうちに来ることもあれば、来世で被ることも、地獄で受けることもある。説話の大部分は善をなして良い報いを受けた話、悪をなして悪い報いを受けた話のいずれか、あるいはその両方だが、一部には善悪と直接かかわりない怪異を記した話もある。 仏像と僧は尊いものである。善行には施し、放生といったものに加え、写経や信心一般がある。悪事には、殺人や盗みなどの他、動物に対する殺生も含まれる。狩りや漁を生業にするのもよくない。とりわけ悪いこととされるのが、僧に対する危害や侮辱である。と、これらが『霊異記』の考え方である。 転生が主題となる説話も多い。説話の中では、動物が人間的な感情や思考をもって振る舞うことが多く、人間だった者が前世の悪のために牛になることもある。 『日本霊異記』の古写本には、平安中期の興福寺本(上巻のみ、国宝)、来迎院本(中・下巻、国宝)、真福寺本(大須観音宝生院蔵、中・下巻、重要文化財)、前田家本(下巻、重要文化財)、金剛三昧院(高野山本、上中下巻)などがあり、興福寺本と真福寺本が校注本においても底本に用いられることが多い(『日本霊異記』の諸本については小泉道『日本霊異記諸本の研究』1989)。
説話の主題と思想
諸本
「日本霊異記」刊行一覧
平凡社東洋文庫、初版1967年、口語訳、原田敏明、高橋貢訳。253p。ISBN 4582800971。ワイド版2004年
新訂版:平凡社ライブラリー、2000年1月、333p。ISBN 4582763197
読み下し文と口語訳
新潮社[新潮日本古典集成] 小泉道校注 1984年、新装版2018年。ISBN 410-6208075
小学館[日本古典文学全集10] 中田祝夫校注・訳
原文と読み下し文と口語訳
1975年11月 448p ISBN 409-6570060
新編 1995年9月。491p ISBN 409-6580104
講談社[講談社学術文庫 全3巻] 中田祝夫の口語訳。
読み下し文と口語訳
1978年12月発行。209p。ISBN 4061583352
1979年4月発行。279p。ISBN 4061583360
1980年4月発行。320p。ISBN 4061583379
筑摩書房[ちくま学芸文庫 全3巻] 多田一臣校注・訳。
1997年11月発行。246p。ISBN 448008391X
1997年12月発行。318p。ISBN 4480083928
1998年1月発行。346p。ISBN 4480083936
岩波書店[新日本古典文学大系30] 出雲路修校注。
原文と読み下し文
1996年12月発行。325p。ISBN 4002400301
岩波書店[日本古典文学大系70] 遠藤嘉基、春日和男校注、1977年
原文と読み下し文
創英社[全対訳日本古典新書] 池上洵一訳注
1978年12月発行、新版1993年。446p ISBN 4881423096
脚注[脚注の使い方]
注釈^ この巻は景戒の生存期と近接または重複し、紀井国関係の説話が収録されている[1]
^ 上巻2話(5・34)、中巻3話(1・11・32)、下巻13話(1・2・10・16・17・25・28・29・30・32・33・34・38)の18話、そのうち名草郡に関する説話は7話(上5、中32、下16・28・30・34・38)を占めている[1]。