日曜洋画劇場
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全英オープンゴルフ』(最終日)、国政選挙投開票日当日の『選挙ステーション』、年末年始特別編成などで番組が休止される事があった。又、『氷点』(2006年)や『点と線』(2007年)等、通常の『土曜ワイド劇場』枠と合わせた「土曜・日曜2夜連続スペシャルドラマ」が放送される場合もあり、その時は『日曜洋画劇場』としては放送休止となる(スポンサーも変更)。過去に「ウィンブルドンテニス男子シングルス決勝」の放送権をテレビ朝日が持っていた場合は、その衛星生中継による休止もあった。

1970年代までは、12月31日(大晦日)が日曜日となった場合にも放送された例がある(1972年等)。映画自体は質の高い物や人気作品が放送されたが、当時存在感が大きかった『NHK紅白歌合戦』と放送時間帯が重なり視聴率は非常に低く、歴代ワースト視聴率はこの場合が占めた。この場合の視聴率の低さについて、淀川は著書で残念がっている。

1978年の音声多重放送開始後は2か国語放送を行い、作品によっては第1音声を日本語吹き替えの5.1サラウンド、第2音声を原語のステレオ音声で放送されることがある。例外として、2000年5月7日の『ロミオ+ジュリエット』では字幕を表示し、2か国語の主音声を英語、副音声を日本語吹き替えで放送した。

『日曜エンタ』が開始してからは、20:58 - 21:00に見所を紹介する『今夜の日曜洋画』も別途放送していた。
放送時間の変遷

単独番組として放送された期間のみ、放送時間を記す(『日曜エンタ』の一企画として放送されている期間については同項を参照)。

放送期間放送時間 (JST)放送分数
1966年10月 - 1967年3月土曜21:00 - 22:56116分
1967年4月 - 2011年9月日曜21:00 - 22:54114分
2011年10月 - 2013年3月日曜21:00 - 23:10130分

歴史
発足から1980年代まで

NETテレビ(テレビ朝日)は他局より開設が遅かったことから、戦略や差別化の結果、海外ドラマの放送が多かった。その中で、当時先進的だったアメリカ3大ネットワークが行っていた2時間枠の映画番組を参考に、本番組の企画も生まれたという[4][5]

テレビで洋画を見るというコンセプトで、松岡謙一郎取締役編成局長(当時)により放送が決定[5][6]。視聴率確保のため番組開始の5分で勝負することと、当時の情勢から海外(作品)と日本(視聴者)を結びつける"メディア"の必要を考えた松岡により解説者を置くこととなり、海外ドラマ『ララミー牧場』の解説が好評を得ていた淀川長治が起用された[7]。淀川も、予定されていたラインナップを見て「これを断れば、私は私という映画人間をわが手で殺すこととなる」とオファーを受諾したという[8]。また、英語の分からない人にも楽しめるよう吹き替えでの放送が決まり、日本語版制作には大きく力を入れることとなる[9]。主要スポンサーには、企業イメージの合致や社の洋画志向が強いなどの理由で、サントリー松下電器(現在:パナソニック)、ネッスル日本(現在:ネスレ日本)、レナウンがつく。以降、この4社によるスポンサー体制は1992年12月まで長年続けることとなった[10]

第1回放送作品は『裸足の伯爵夫人』。カットやトリミングを余儀なくされるなどの技術的な問題、映画ファンからは字幕放送でないことや「映画は劇場で観る」という意識の強さから反発もあり、決して順調なスタートとは言えなかった。だが淀川の軽妙で親しみやすい解説と放送される数々の名画により徐々に人気が出始め、NETテレビ→テレビ朝日の看板番組として定着した。また、映画に対して硬派な視点を持つ淀川も、本番組については「映画に親しんでもらうため、劇場で映画を見に行くようにさせるための手引き」という観点からこの番組の解説を行なっていたようである。

1967年4月9日、番組初のカラー作品『誇りと情熱』が放送。しかし、当時はカラー作品が少ない時代だったため、カラー放送開始後も白黒映画を放送する場合、淀川の解説も白黒で撮影された。これは、映画の雰囲気に合わせるための心がけだった。
1980年代から1998年まで

80年代には放送権の高騰などにより、メジャー系の大作映画を確保することが困難になってしまう。その状況を打開するため、日本では未公開の作品や低予算作品を発掘、放送することが多くなった。それらの作品には『宇宙から来たツタンカーメン』等の珍作もあったが、内容の充実した作品もあった。主なラインナップとしては、ジェームズ・キャメロンのデビュー作『殺人魚フライングキラー』等がある。また、『ヒドゥン』、『狼の血族』、『ターミネーター』等、アボリアッツ映画祭でグランプリを受賞した作品や、ジョン・カーペンター作品等ホラー・サスペンスの知られざる佳作も放送された。映画の質が落ちながらも、幅広い知識と視点で視聴者に解説する淀川や、日本語版制作にも力をいれたスタッフの尽力もあり、引き続きテレビ朝日の看板番組として高い人気を保持し続けた。

一方で、視聴者の嗜好の変化により娯楽性の高い作品・話題作も積極的に取り上げ、『スーパーマン』を始め、『ダイ・ハード』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』等の人気作品をいち早く放送し、高視聴率を上げた。大作にも積極的であり『アマデウス』、『ラストエンペラー』、『JFK』、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』等の超大作は時間を延長して放送された。また、当時テレビ朝日で放送されていた海外ドラマ『ナイトライダー』、『特攻野郎Aチーム』、『X-ファイル』等のスペシャル版も放送されていた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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