新体詩
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大町桂月『黄菊白菊』を始め、塩井雨江武島羽衣久保天随国府犀東といった人々は、「美文韻文」という呼び方で、新体詩を発表した[5]

総体として、新体詩はヨーロッパの詩情を日本に導入しようとしたもので、「個性の強化と自我の崇拝、また感情と官能の開放[3]」を含んでいたが、それは『於母影』から上田敏『海潮音』や永井荷風『珊瑚集』に継承された。また島崎藤村や与謝野鉄幹は『於母影』からロマン主義を学び、薄田泣菫古典主義的な面を発展させたと言える。?外はその後、1905年頃より「腰辨當」の筆名で、当時の詩的観念よりも日常生活から美を見出す詩を模索し、それらは詩集『沙羅の木』(1915年)にまとめられている。

新体詩は、自然主義運動に先駆する近代文学運動であったと佐藤春夫は評している。[3] 新詩社では「長詩」とも呼んだ。新体詩の内容は叙情詩叙事詩を含み、また軍歌唱歌、創作民謡となったものも多い。これらは文語定型詩であり、明治40年代の口語自由詩へと繋がっていく。
主な作品

1882年
矢田部良吉外山正一井上哲次郎『新体詩抄』丸家善七

1882年 竹内節編『新体詩歌』(全5巻)徴古堂

1885年 湯浅半月『十二の石塚』私家本

1886年 山田武太郎編『新体詞選』

1886年 落花居士『新体詩学必携』有朋社

1886年 中川清次郎、山口常太郎『新体詩学必携 新体詩格 愛国美談』新体詩学研究会

1886年 山田美妙『新体詩華 少年姿』香雲書房

1886年 竹内隆信編『新体詩選』春陽堂

1887年 植木枝盛『新体詩歌 自由詞林』市原真影

1889年 北村透谷『楚囚之詩』春詳堂

1889年 森?外など訳『於母影』国民の友

1890年 宮崎湖処子『帰省』民友社

1891年 中西梅花『新体梅花詩集』博文館

1893年 落合直文『騎馬旅行』国語伝習所

1893年 宮崎湖処子『湖処子詩集』右文社

1893年 島崎藤村『悲曲 琵琶法師』『悲曲 茶のけぶり』『朱門のうれひ』「文學界」

1894年 塩井雨江訳、ウォルター・スコット『今様長歌 湖上の女人』開新堂書店

1894年 齋藤緑雨『新体詩見本』「二六新報」

1895年 外山正一他編『新体詩歌集』大日本図書株式会社

1896年 与謝野鉄幹『東西南北』明治書院

1897年 佐佐木信綱ら『この花』同文舘

1897年 宮崎八百吉編『叙情詩』民友社

1897年 島崎藤村『若菜集』春陽堂

1899年 横瀬夜雨『夕月』旭堂書店

1899年 土井晩翠『天地有情』

1899年 薄田泣菫『暮笛集』

1901年 河井醉茗『無弦弓』内外出版協会

1901年 岩野泡鳴『霜じも』無天詩窟

1902年 蒲原有明『草わかば』

1905年 幸田露伴『心のあと 出盧』春陽堂

1905年 三木露風『夏姫』

1906年 伊良子清白『孔雀船』佐久良書房

脚注^ 「正直まっとうなる半月翁-一世紀さきがけた粋人か、この偉人」(由良君美『みみずく偏書記』ちくま文庫 2012年)
^ 外山正一「新體詩及び朗讀法」(『帝国文学』二ノ三 1896年3月)
^ a b c d 佐藤
^ 「回想の象徴詩派」(『日夏耿之介文集』筑摩書房 2004年)
^ 木村毅『明治文学余話』リキエスタの会、2001年

参考文献

佐藤春夫『改訂 近代日本文學の展望』河出書房 1954年(第二章 新體詩小史)

柳田泉勝本清一郎他『座談会 明治文学史』岩波書店 1961年

奥野健男『日本文学史 近代から現代へ』中央公論社 1970年

『日本の文学 77 名作集(一)』中央公論社 1970年(瀬沼茂樹「解説」)

明治文学全集 60 明治詩人集(1)』筑摩書房 1972年

『日本の詩歌 2 土井晩翠 薄田泣菫 蒲原有明 三木露風』中央公論社 1976年

『日本の詩歌 26 近代詩集』中央公論社 1976年

金子薫園「落合直文の国文詩歌における新運動」(十川信介編『明治文学回想集』岩波書店 1998年)


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