政治
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ロバート・ダールポリアーキー論は政治体制の分析において、自由な政府批判を容認する公的異議申し立ての度合いと政治関与可能な国民の割合に注目し、両者を兼ね備えているものがポリアーキーと読んだ。ただしこのような伝統的な民主主義は同質的な国民においてのみ成立するものであり、国民の間に同質性がなければ合意は形成できないとしていた。しかしレイプハルトは多極共存型民主主義の理論を展開してそれに反論した。すなわち民族的な同質性は必ずしも必要なものではなく、大連合の形成、相互拒否権の確保、比例性原理、少数派の自立性に基づいた多極共存型民主主義であれば政治秩序を安定させることは可能であると論じた。

世界の政治体制には政治秩序だけではなく全体主義と呼ばれる体制を保持している国もある。全体主義とは個人に対する社会の優越を基礎としてあらゆる思想、生活、社会活動などを統制しようとする政治体制である。これはかつての専制政治とはあらゆる観点から異なったものであった。20世紀における近代技術に基づいた大衆社会の操作性に起因するものである。単一の政治勢力が、社会の価値観や生活様式、政治的な言論を含めた社会全体を再構築し、個人を監視して時には拘束した。ドイツのナチズムやイタリアのファシズム、日本の軍国主義やソビエトのスターリニズムなどが歴史的な事例として挙げることができる。

カール・J・フリードリッヒやツビグニュー・ブレジンスキーは全体主義の特徴を挙げており、まず人間生活の全てを包括する教義となる包括的なイデオロギー、そして社会の再構築を行う単一の政治勢力、大衆の忠誠を獲得して反逆者を処分するための秘密警察すなわち組織的脅迫、さらにイデオロギーを宣伝するためのマスコミの独占、反乱を封じ込めるための武器独占、管理が容易で利益を独占できる統制経済、以上の六つである。全体主義にはソヴィエト連邦のイメージが強いために左翼的、またはマルクス主義的な政治体制と考えられている場合があるが、右翼的な全体主義も十分に考えられる。ただし右翼的な全体主義はドイツのナチズムのように、革命的なイデオロギーよりもむしろナショナリズムに依拠し、国家の偉大さや栄光を強調した全体主義社会を構築しようとする。

権威主義と呼ばれる体制も民主主義の対極にある政治体制として論じられるが、全体主義と混用される場合も多い。権威主義は全体主義のように大衆を統制したり教育したりすることは意図しない。だが権威主義の政治体制においては上層部を占める少数の政治勢力によって大衆の政治参加は最低限に抑制される。リンスによって20世紀のフランコ政権のスペイン政治体制を説明するために提唱された概念であり、形式的で無力な議会制と抑圧的で威圧的な官僚制を特徴とする。全体主義のカリスマ性やイデオロギー性はほとんど認められず、同じものではない。国連大使であったジーン・J・カークパトリックは権威主義と全体主義の違いを強調し、全体主義は一度成立すると自己改革の可能性はないが、権威主義ではそうとは限らないと述べている。

発展途上国の多くは民主主義でも全体主義でもない選択肢として、一党支配という権威主義を経験しているが、結果は芳しくない。ジンバブエの政治体制は1980年に二党制で発足したものの、与党のロバート・ムガベが社会主義を主張し、部族の軍事力を以って敵対勢力を打ち倒し、一党制を成立させる。しかし新しい法規制や税制はことごとく失敗に終わり、また批判すらをも封じ込め、貧困をより深刻化させた。1974年からそれまで権威主義や全体主義を採用していた各国が民主化の傾向に進み始め、チリ、韓国、台湾などは市場の自由化とともに民主化を推進することができた。
市民社会詳細は「市民社会」を参照

市民社会 (Civil Society) とは政治において政府の対概念であり、政治に参加する国民の構成員から成る公共的な領域を言う。古代ギリシアのポリスにおける民主主義に起源を見ることが出来るが、近代においては市民革命以後に発生したものとされる。政治的無関心や無責任を示すような政治社会の場合には大衆社会と呼んで区別する場合もある。

市民社会の概念は社会の機能をどこまで含むものとして捉えるべきかで見解が分かれる。ウォルツァーは市民社会を「非強制的な人間の結社の空間」と捉えて家族や宗教、イデオロギーのために形成されるとしたが、これは市民社会を非常に幅広い社会機能の集合として捉えており、市場をも含みうるものとしている。しかしハーバーマスやキーンらは市民社会をあくまで国家権力や市場経済からは独立した人々の活動を基盤とする公的領域として理解する。
国際政治詳細は「国際政治」を参照

国際政治 (International politics) は国内政治と根本的に異なる性質を持っている。政治は国家の内部での事象であったが、国際政治は国家の関係の中で発生するからである。国内政治を観察する場合は国家には主権があり、領域においてその主権は絶対的なものである。しかしながら実際には理論どおりではない。国家の主権が有効である領域においても、例えば外国の軍事力により占領された場合には、もはやその地域の主権の実際の有効性は失われる。その意味で主権は国際政治においては多数が並存する相対的なものとして捉えることができる。世界政府というものは存在しないために主権国家同士は国内政治とはまた異なる種類の権謀術数を行うために、国内政治には見られない同盟や貿易、戦争などの現象も見られる。

国際政治には現実主義理想主義という二つの学派が存在する。国際政治における現実主義とはマキアヴェリが提起し、E・H・カーハンス・モーゲンソウにより発展させられた権力政治に基づいた勢力均衡の政治理論と実践を意味する。現実主義によれば国際秩序の安定性は各国の勢力が均衡状態になった場合に生まれるものであり、この権力関係が崩れれば戦争や紛争が勃発するものと考える。

また国際政治の主要な学派である理想主義は国際政治を道徳的な価値観または国際法の観点から見なす理論と実践である。トマス・アクィナスはキリスト教神学に基づいて正戦の本質を議論し、国際秩序において自然法が存在すると論じた。そしてヴェゲティウスは主権国家を規律する国際法を体系化し、近代的な国際法の確立に寄与した。イマニュエル・カントも戦争を回避するために道徳と理性を結合して人類は普遍的かつ恒久的な平和を目指すものと捉えている。
政治イデオロギー
イデオロギー詳細は「イデオロギー」を参照

政治を人間社会の集合的な意思決定と捉えた場合に、その社会の正義がどのように設定され、どのように達成されようとするのかは非常に重要な問題になってくる。この問題と密接に関わるのがイデオロギー(Ideologie)である。これは国家や階級などの一定の社会集団が保有する政治的な観念である。これは価値体系とも呼ばれ、ある主体の政治的な立場の思想的、理論的な基盤ともなっている。イデオロギーは元々はフランス革命の時代においてデスチュット・ド・トラシーにより『観念学要綱』で用いられた「観念の起源を決定する科学」を意味する概念であった。ダールによれば支配者に正当性を与え、またその政治的影響力を権威に転換させるものである。時代や政治的立場によっては政治的な教義として用いられる一方で、ナポレオンがトラシーを批判して空論家「イデオローグ」と呼んだように、妄想や不毛な思想として蔑視される場合もあった。

イデオロギーはいくつかに分類できる。その最も代表的なものとして挙げられるのが保守主義と進歩主義である。この二分法は革命後のフランス国民公会で保守的な王党派が右側の議席に、革新的なジャコバン党が左側の議席に座っていたことから右と左とも呼ばれる。このようなイデオロギーは政治勢力の分裂と対立をもたらしうる重要な要素であり、冷戦期においては資本主義と共産主義のイデオロギーを巡る思想の争いが国際政治に影響した。

イデオロギーを社会の中でどのように位置づけるのかについてマルクスとエンゲルスは支配階級と被支配階級を前提として、支配階級が自らの支配の正当化を行うための道具だと説明した。これはイデオロギーが空論とする考え方に基づいており、マルクス自身の思想はイデオロギーとは認めなかった。これをカール・マンハイムは批判した。マンハイムは一切の知識は時代的な文脈により制約されているという議論を、知識の存在被拘束性という概念で説明した。さらにアイゼンクはイデオロギーを段階的に発展するものとして捉え、評価の段階である意見、準拠の段階である態度を経て信念の段階であるアイデオロジー(Ideology)が発生するとされる。しかしイデオロギーの終焉を論じる学説もあり、レイモン・アロンは20世紀において経済発展がイデオロギー的な対立を緩和するように働いていることを指摘し、ダニエル・ベルは『イデオロギーの終焉』を著してイデオロギーが知識人の支持を近年失いつつあることを論じた。
民主主義詳細は「民主主義」を参照

民主主義は、封建的な王侯貴族ではなく、税金を払う市民を中心に政治を行うことを主張する政治思想である。個人の権利は、その個人が積極的に政治に参加することによって実現するものであるという。イェーリングは「権利のための闘争」で民主主義の義務と権利について整理している。
自由主義詳細は「自由主義」を参照

自由主義は個人の権利を保護し、選択の自由を最大化することを主張する政治思想である。経済学者アダム・スミスは政府の市場に対する干渉が経済成長を妨げる危険性を指摘した。なぜなら特定の組織が市場を独占すれば、価格の競争や商品開発の動機が失われてしまうためである。つまり経済の自由放任を維持することで市場は自らの調整能力を発揮することが可能となる。この経済学的な見解は、社会が政府から可能な限り自由であるべきという古典的自由主義のイデオロギーとして確立された。しかし古典的自由主義が前提と見なしたほど市場の調整機能は完全ではないことが明らかになると自由主義の理論は近代的自由主義のイデオロギーへと発展する。トマス・ヒル・グリーンは政府による社会への干渉を問題にするのではなく、政府が社会の自由を保障することを問題とした。つまり消極的な政府からの自由を目標とするのではなく、積極的自由を実現するために政府の干渉を正当化した。
保守主義詳細は「保守」を参照

保守主義は原則として急進的な革新を否定し、既に確立された社会の秩序を保持することを主張する政治思想である。保守主義はエドマンド・バークの政治思想に由来している。バークの主張はフランス革命での急進的な自由主義の勢力が社会が展開してきた政治の伝統や道徳の基準を破壊することに対して批判的であった。バークは現存する伝統は歴史的な試行錯誤の結果であり、全てが悪いわけではないと考えていた。もし政治制度を改革するならば、革命という手段ではなく、時間をかけて段階的に調整するべきであると論じている。
社会主義詳細は「社会主義」を参照

社会主義は一般的に生産手段を社会的に管理することを主張する政治思想である。自由主義に対する批判としてカール・マルクスは独自の政治理論を発展させた。マルクスは経済学的研究を通じ、資本家の下で労働者は価値を生産するが、その価値の一部だけが賃金として支払われており、余剰価値は資本に奪われる資本の法則を明らかにした。つまり労働者は自らの労働に見合った賃金がないために市場の商品を購入することができない不公平が生じる。レーニンのような急進的な社会主義者はこの不平等を是正するために政治秩序の変革を強いる革命を主張する。一方でベルンシュタインのような穏健な社会主義者は修正主義とも呼ばれ、労働者の生活状況を改善する福祉国家の確立を主張した。


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