摩擦力
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動摩擦には相対運動の種類によって滑り摩擦と転がり摩擦の区別があり、一般に前者の方が後者より大きな摩擦力を生む。また、摩擦面が流体(潤滑剤)を介して接している場合を潤滑摩擦といい[5][6][7]、流体がない場合を乾燥摩擦という。一般に潤滑によって摩擦や摩耗は低減される。そのほか、流体内で運動する物体が受けるせん断抵抗(粘性)を流体摩擦もしくは摩擦抵抗ということがあり、また固体が変形を受けるとき内部の構成要素間にはたらく抵抗を内部摩擦というが、固体界面以外で起きる現象は摩擦の概念の拡張であり[8][9]:3、本項の主題からは離れる。

摩擦力は非保存力である。すなわち、摩擦力に抗して行う仕事は運動経路に依存する。そのような場合には、必ず運動エネルギーの一部が熱エネルギーに変換され、力学的エネルギーとしては失われる。たとえば木切れをこすり合わせて火を起こすような場合にこの性質が顕著な役割を果たす。流体摩擦(粘性)を受ける液体の攪拌など、摩擦が介在する運動では一般に熱が発生する。摩擦熱以外にも、多くのタイプの摩擦では摩耗という重要な現象がともなう。摩耗は機械の性能劣化や損傷の原因となる。摩擦や摩耗はトライボロジーという科学の分野の一領域である。
歴史

「摩擦 (friction)」という語を初めて文献中で用いたのはアイザック・ニュートンだとされる[10]:2。しかし、アリストテレスを始めとする古代ギリシャ人や、ウィトルウィウス大プリニウスらは早くから摩擦の原因や緩和法に興味を持っていた[11]。このころすでに静止摩擦と動摩擦の違いは知られていた。テミスティオスは350年に「動いている物体の運動をさらに強める方が、静止している物体を動かすより易しい」と記している[11][12][13][14]

1493年、トライボロジーのパイオニアであったレオナルド・ダ・ヴィンチにより、滑り摩擦に関する古典的な法則が発見された。それらは私的な記録に残されたのみだったが[15][16][17][18][19]ギョーム・アモントンによって1699年に再発見され、後に摩擦の基本法則(アモントン=クーロンの法則)の一部とみなされるようになった。アモントンは摩擦が生じる理由として、物体表面の微小な凹凸がかみ合うことで相対運動を妨げるという凹凸説(roughness theory)を示した[10]。この見方はのちにベルナール・フォレスト・ド・ベリドール(英語版)[20]レオンハルト・オイラーによって深化された(1750年)。オイラーは斜面上に置かれたおもりの摩擦角を導き、静止摩擦と動摩擦を初めて明確に区別した[21]ジョン・デサグリエ(1734年)は摩擦における凝着の役割を初めて認識し、接触面の凝着が引きはがされるときに発生するのが摩擦抵抗だという凝着説(adhesion theory)を唱えた[22]

摩擦の理解をさらに進めたのはシャルル・ド・クーロンである(1785年)。クーロンは摩擦の四つの主要因として、物体とその表面塗装の性質、接触面積、接触面に垂直な圧力(荷重)、待機時間[注釈 1]に注目した[15]。クーロンはさらに、滑り速度や温度と湿度の影響を考慮に入れて、凹凸説と凝着説のどちらが正しいかを突き止めようとした。クーロンは摩擦の法則の中で静止摩擦と動摩擦を区別した(下記参照)が、この点は1758年に既にヨハン・アンドレアス・フォン・ゼーグナーによって論じられていた[15]ピーテル・ファン・ミュッセンブルーク(1762年)は待機時間の効果を説明するため、繊維状になった接触面を想定し、繊維が次第に噛み合っていくことで時間とともに摩擦が進行するという見方を示した。

ジョン・レスリー(1766 - 1832年)はアモントンとクーロンの見方の弱点を指摘した。アモントンが言うように接触面で凹凸が噛み合っているならば、物体を滑らせたとき、接触点が凹凸の傾斜を上る間は抵抗が発生するが、傾斜を下るときに埋め合わされるのではないか? レスリーはデサグリエの凝着説に対しても同程度に懐疑的であり、凝着も抵抗としてだけではなく加速力としてはたらくのではないかと述べた[15]。レスリーの観点では、摩擦とは時間とともにアスペリティが押し延ばされていく過程であって、それによって空洞だったところに新たな障害物が作りだされるのだという。

アーサー・モリン(英語版)(1833年)は転がり摩擦と滑り摩擦という概念を展開した。オズボーン・レイノルズ(1866年)は粘性流れの式を導いた。これにより、工学において現在一般に用いられている経験的な摩擦の古典モデル(静止摩擦、動摩擦、流体摩擦)が完成した[16]。1877年にフリーミング・ジェンキンとジェームス・アルフレッド・ユーイングは静止摩擦と動摩擦の連続性について研究した[23]

20世紀の摩擦研究は、その物理的なメカニズムの解明に焦点があてられた。フランク・フィリップ・バウデンとデイビッド・テーバーは、微視的なレベルでの真実接触面積が見かけの接触面積よりもはるかに小さいことを明らかにした[17]。バウデンとテーバーの著書 The friction and lubrication of solids(1950年。邦題『固体の摩擦と潤滑』)は摩擦研究の古典とみなされている[24]:17[25]。彼らによると、アスペリティの先端がもう一方の接触面に触れた部分だけが真実接触部となり、圧力が増えると接触部の面積は増加する。こうした現代的な形の修正凝着理論が摩擦の基礎理論として広く認められるようになった[10]:3,38。また原子間力顕微鏡(?1986年)の開発は原子スケールでの摩擦研究を可能にした[16]。その結果、原子スケールでの摩擦は接触面間のせん断応力と接触面積の積で与えられることが明らかになった。これらの二つの発見によって、アモントンの第一法則、すなわち、巨視的な乾燥摩擦面では垂直抗力と静止摩擦力が比例することが説明された。

1966年、摩擦と潤滑に関する科学技術の振興を目的とした包括的な答申書(ジョスト報告、Jost Report)がイギリスで作成された。この報告が注目を集めたのは、摩擦研究の発展によって、社会全体でGNPの1.3%にのぼる経費が節約できるという試算を示したためである。また同時に摩擦の関連分野の研究を「トライボロジー」という造語で呼ぶことが提案された。日本の通商産業省はこれに追随して1970年と1971年に「わが国潤滑問題の現状」という報告書を作成した。ドイツ、アメリカもこれに続き、共通基盤技術としてのトライボロジーの重要性が広く認識されるようになった[26]:164-169。
摩擦の基礎

摩擦とは、互いに接する二つの物体が接触面に沿って相対的な運動を行うことを妨げる力である。静止した物体の間にはたらく静止摩擦(静摩擦)と、互いに対して運動している動摩擦(運動摩擦)の二つの領域がある。摩擦力は常に接触面の相対的な滑り運動を妨げる方向にはたらく。すなわち、静止摩擦の場合には動き出そうとする方向の逆向き、動摩擦の場合には相対速度の逆向きである。たとえば、斜面上の物体が滑り落ちずにその場に止まることができるのは静止摩擦力のはたらきである。また氷の上を滑るカーリングの石はそれを減速させるような動摩擦力を受ける。

この節では摩擦面の間に流体が挟まれておらず(乾燥摩擦)、物体が転がらない場合(滑り摩擦)について論じる。
クーロンの摩擦モデル

摩擦の基本的な性質は15?18世紀に実験的に明らかにされた。現在では以下の三つの経験則(アモントン=クーロンの法則)が知られている。

アモントンの第一法則: 摩擦力は加えた荷重に直接比例する。

アモントンの第二法則: 摩擦力は見かけの接触面積にはよらない。

クーロンの摩擦法律: 動摩擦は滑り速度によらない。

これらの法則は、摩擦係数が荷重、見かけの接触面積(物体のサイズや形状)、滑り速度によらないことを意味する。「静止摩擦は動摩擦より大きい」という第四の法則を付け加える場合もある[4][10][27]


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