提督
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1871年(明治4年7月)の兵部省職員令では海軍提督府には提督各1人少将以上、副提督各1人大佐以上と定めたが[5]、翌1872年11月13日(明治5年10月13日)の海軍省官等表の欄外記注で提督・副提督・知港事は「時有テ之ヲ置ク」とされた[6] [7]。同年に提督府の職員を発令して[8] [9] [10]1873年(明治6年)に海軍省内へ提督府を据え仮庁とし[11] [12]、1876年(明治9年)8月には「提督府」を「鎮守府」とした[13]
著名な提督

特に「世界三大提督」とされる人物名は太字で示す[14]
日本

東郷平八郎日露戦争時の連合艦隊司令長官日本海海戦ロシア帝国海軍バルチック艦隊を撃破した元帥海軍大将

山本五十六第二次世界大戦時の連合艦隊司令長官。没後に元帥号を追賜された。

世界

フランシス・ドレーク - 16世紀イギリス。世界一周、ホーキンスと共にスペイン無敵艦隊を撃破。

ジョン・ホーキンス - 16世紀イギリス。ドレークと共にスペイン無敵艦隊を撃破。

ミヒール・デ・ロイテル: 17世紀オランダ。英蘭戦争でイギリス艦隊と交戦。

マールテン・トロンプ : 17世紀オランダ。同上。

ホレーショ・ネルソン18世紀イギリス。ナポレオン戦争を戦った英国海軍の提督。トラファルガーの海戦で海上を制覇する。

ジョン・ポール・ジョーンズ18世紀アメリカ独立戦争を勝利に導いたとされる大陸海軍総司令官。

ジョン・アーバスノット・フィッシャー20世紀イギリス。弩級戦艦巡洋戦艦駆逐艦などの開発を推し進めたほか、艦艇燃料の石炭から石油への転換など、現代海軍の技術的基礎を作り上げた。

脚注[脚注の使い方]
注釈^ 明治5年の海軍省刊本である英国海軍官名録では、海兵隊についても、砲兵は General に水兵砲軍提督、Liutenant general に水兵砲軍亞提督、Major general に水兵砲軍准提督を充て、軽歩兵は General に水兵軽歩軍提督、Liutenant general に水兵軽歩軍亞提督、Major general に水兵軽歩軍准提督を充てている[1]
^ 古来中国語の意味としての「提督」はもともと「全体を統轄して取り締まること」の意味であり近世以降は官職名として知られている。日中両言語における同義部分がある他に日本語の場合はさらに独自の意味を持ち「海軍の司令官」の意味で使用し、中国語には見られない「提督」を「海軍の司令官」の呼びかけの意味も強調されている[2]
^ 明治5年の海軍省刊本である英国海軍官名録では、Admiral に水師提督、Vice Admiral に水師亞提督、Real Admiral に水師准提督、Commodore に代理提督を充てている[4]

出典^ 国立公文書館、請求番号:太00432100、件名番号:004(第12画像目)
^ 仇子揚 2019, pp. 88?89, 附録72.
^合衆國水師提督口上書」より。
^ 国立公文書館、請求番号:太00432100、件名番号:004(第2画像目)
^ 内閣官報局 編「兵部省第57 兵部省職員令、官位相当表、兵部省陸軍部内条例書(7月)」『法令全書』 明治4年、内閣官報局、東京、1912年、714-716頁。NDLJP:787951/394。 
^ 内閣官報局 編「太政官第305号 海軍省官等表(10月13日)」『法令全書』 明治5年、内閣官報局、東京、1912年、205頁。NDLJP:787952/159。 
^ 「10月12日 海軍省官等表」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C09120059600、明治5年10月 諸省 2 10(防衛省防衛研究所)
^ 「癸3套秘事大日記 寺西積外1名達 任官分課等の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C09110187300、公文類纂 明治5年 巻7 本省公文 黜陟部3(防衛省防衛研究所)(第2画像目)


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