成田山新勝寺
[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

2008年(平成20年)4月 - 成田山開基1070年を迎え、開基1070年祭を実施[13][14]/正確には開基1068年にあたるが、1938年(昭和13年)に開基1000年祭を祝っていることから2008年は開基1070年としている。

2018年(平成30年)4月 - 成田山開基1080年祭を実施[13][14]

令和時代

2021年2月18日、第21世貫首・橋本照稔が遷化。94歳没[15]

伽藍三重塔(重要文化財)総門

境内は広く、新旧の様々な伽藍が立ち並び、庶民の信仰の場の雰囲気を残している。江戸中期?末期の建築である仁王門、三重塔、釈迦堂、額堂、光明堂の5棟が国の重要文化財に指定されている。

成田駅及び京成成田駅の「参道口」から新勝寺への参道が延び、門前町をなしている。参道を10分ほど歩き、急な石段を上った先の台地上に伽藍が広がる。石段の途中に仁王門、石段を上った先の正面に大本堂、その手前右手に三重塔、鐘楼、一切経蔵などが建つ。この他、大本堂の左手に釈迦堂、大本堂背後の一段高くなった地には額堂、三社、光明堂、清瀧権現堂、開山堂、平和の大塔などが建つ。境内の東側は広大な成田山公園[16]になっている。
総門

開基1070年記念事業として2006年(平成18年)に竣工した。境内入口に建つ。総欅造り。高さ15m、桁行14.2m、梁行6.3m(設計:財団法人建築研究協会 施工:大林組金剛組、日本木彫連盟江戸木彫刻)。2階部には不動明王や千手観音大日如来など8体の木製仏像が奉安されている。
光輪閣

境内入口、仁王門左方に建つ鉄筋コンクリート造建築で1975年(昭和50年)の竣工(設計:石本建築事務所 施工:共同企業体)。護摩祈祷の受付、精進料理の接待など、信徒向けに使われる建物である。
仁王門

国の重要文化財。参道から大本堂へ至る急な階段の途中に建つ。入母屋造の八脚門で、1830年(天保元年)の建立。
大本堂

仁王門をくぐり、石段を上りきった正面に建つ、当寺の中心となる堂。本尊不動明王像を安置する。入母屋造り二重屋根の鉄筋コンクリート造で、規模は間口95.4m、奥行59.9m、棟高32.6m。1968年建立(設計:吉田五十八研究室 施工:大林組)。
三重塔

国の重要文化財。大本堂の手前右手に建つ、1712年(正徳2年)建立の塔。高さ25mの中規模の塔だが、近くにある大本堂に比較して小さく見える。軒裏には垂木(軒を支える棒状の部材)を用いず、雲文を刻んだ板で軒を支える板軒とする。初層は各面の中央を扉とし、その両脇の柱間には十六羅漢の彫刻を施す。この他、柱、長押、貫などの部材に地紋彫りを施すなど、近世建築らしく装飾性豊かな塔である。
釈迦堂

国の重要文化財。大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、1858年(安政5年)建立の旧本堂。後述の光明堂(これも旧本堂)と似た形式になるが、規模はこちらの方が一回り大きく、屋根正面に千鳥破風を付ける点も異なっている。堂の周囲には二十四孝五百羅漢の浮彫が施されている。
額堂

国の重要文化財。大本堂左裏の階段を上った先の平地に位置する。1861年(文久元年)に建てられた2番目の額堂(第二額堂)であり、正面3間、背面6間、梁間2間の入母屋造、全面吹き放し(建具や壁を造らない)の堂で、絵馬を掲げるための建物である。建立当初は背面は板壁であった。東北地方太平洋沖地震以後、掲げてある絵馬(普通の絵馬ではなく額装され絵画のように大きい)が強い余震により落下する恐れが生じたため、立ち入りが一時禁じられ、2015年から2016年にかけて安全確保のための修復が行われた。

なお、三重塔脇にあった第一額堂は、1965年に正気ではない成田市在住の青年の放火により焼失した。
光明堂

国の重要文化財。額堂のさらに先に建つ入母屋造の仏堂で、1701年(元禄14年)建立。釈迦堂が本堂になる前の旧本堂である。愛染明王、不動明王、大日如来が祀られている。愛染明王が祀られた右側は自由に立ち入り可能。成田祇園祭の期間中は霊剣「天国宝剣」(あまくにのほうけん)を用いる「天国宝剣頂戴」(お祓い)が受けられる[17]
一切経蔵(堂)

三重塔の前。1722年(享保7年)に建てられた。方三間、宝形造。一切経が収められた輪蔵。一部に「一切経堂」を使う例があるが、指定としては「一切経蔵」となる。扁額にも「一切経蔵」とある。
平和大塔

「平和の大塔」とも称する。境内最奥に建つ、鉄筋コンクリート造、高さ58.1mの多宝塔形の仏塔で、1984年の建立(設計監理:財団法人建築研究協会 施工:大林組)。外観は二重塔だが内部は5階建てである。塔の基壇部分にある1階は霊光殿と称し、大塔入口と写経道場のほか、絵馬などの文化財を展示している。2階は明王殿と称し、不動明王を中心とする五大明王の巨像を安置し、昭和曼荼羅、真言宗祖師伝などの絵画で荘厳されている他、大塔各所を警備するコンソールが置かれている。3階・4階はそれぞれ経蔵殿、法蔵殿と称し、信徒が奉納した不動明王の小像を多数安置している。5階は金剛殿と称し五智如来像を安置する。全館立ち入り自由(1階以外は土足厳禁)で、2階・5階では自分の守護仏を拝むことができる。地下には各国の元首から寄せられた「平和へのメッセージ」を封入したタイムカプセルが、落慶した1984年(昭和59年)、記念に埋められている。このタイムカプセルは2434年に再発掘・開封予定。
奥之院

光明堂の裏手にある、成田山新勝寺の本尊である不動明王の本地仏である大日如来像が安置されている洞窟。通常は閉鎖されており、大日如来の祭礼である成田祇園祭の期間中(その他の例外も有り)のみ開帳される。
成田山公園

境内の東側一帯に広がる、池を中心とした大公園で、広さは165,000m2
薬師堂

成田駅方向から、成田山へ向かう三差路の左側、成田山新勝寺飛地境内に位置する。光明堂が本堂になる前の旧本堂である。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:73 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef