憲政
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美濃部達吉ら「立憲学派」は、国家法人説天皇機関説に基づき、憲法による天皇大権の制限を主張したが[14]、その矛盾が天皇機関説事件統帥権干犯問題として噴出することになる。
立憲主義の内容

立憲主義は、以下のような内容を持つ。第1は、憲法によって国家権力が制限されなければならないという点である。第2は、その制限が様々な政治的・司法的手段によって実効性のある一群のより上位の法に盛り込まれていなければならないという点である[3]

この点で、規範的憲法と名目的憲法が区別され、いわゆる「スターリン憲法」、1954年の中華人民共和国憲法は、名目的憲法であるとされる。例えば、スターリン憲法第125条では、名目的には立憲主義の伝統に従いつつ、「言論の自由を保障する」との規定を置きつつも、「ただし、働く人民の利益に合致し、社会主義制度の強化を目的とする限りにおいて」との規程が置かれており、憲法によって国家権力が制限されていない。また、実際に、国家権力によって個人の権利が侵害された場合の実効性のある救済手段が確保されていなかった[3]
国家緊急権との関係

国家緊急権とは、緊急事態において国家が平常時とは異なる権力行使を行う権限のことであり、とくに憲法上の緊急措置によってさえ解決されえない緊急事態が発生した場合に、憲法の規定を超えた国家緊急権の発動が認められるか否かはこの議論の焦点の一つである。国家緊急権は英米法においては古くからコモン・ローとしてマーシャル・ローの法理が認められており、また大陸法系諸国においてもフランス1814年憲章第14条において「(国王は)法律の執行及び国家の安全のために、必要な規則又は命令を発する」と規定し、のちイギリスのマーシャル・ローを継受し合囲状態(l'etat de siege)として制度化した経緯がある。ドイツでは19世紀半ばから20世紀始めにかけさかんに論じられた。近代立憲主義は、国家権力を憲法の拘束の下に置くことを目的とするため、このような権力行使は立憲主義の下では容易に認めがたいため、非常事態における緊急措置について予めできるかぎり立法化することが求められ、各国において緊急事態法制の発達をみている[15]
近代的立憲主義の現代的変容

以上のように、近代的立憲主義は、法による権力の拘束を内容とする消極国家観を基に、フランス、イギリス、合衆国において成立し、19世紀に至って確立された原理である[16]。ところが、2度の世界大戦と世界恐慌を経た現在、各種財政出動等国家権力による介入の要請が強まり、「消極国家から積極国家へ」との標語の下に、近代的立憲主義は現代的な変容を余儀なくされている[16]。もっとも、近代的立憲主義が確立した各国では、あくまで近代の理念を生かす限りでの現代的理念が追求される傾向が強いのに対し、外見的立憲主義が成立したにすぎないドイツ、特に日本では、近代の超克ないし否定といった形で現代的理念が唱道され、個人という概念のアナクロニズム性や古来の慣習や道徳の復権が強調される傾向があるとの指摘がなされている[16]
憲法上の国民の義務「戦う民主主義」も参照

近代憲法は国家権力を制限し憲法の枠にはめ込むことによって権力の濫用を防ぎ人権(特に自由権)を保証することを目的としている。そのため国民の義務に関する規程は憲法の中に重要な地位を与えられていない。近代憲法として最初期に成立したアメリカ合衆国憲法フランス共和国憲法には国民あるいは人民一般に対する明確な義務規定は置かれなかった。一方で武力を維持するため、あるいは行政の諸費用を支弁するための租税を維持するための規程は存在しており(フランス人権宣言13条、アメリカ合衆国連邦憲法1条8節1項)、宮沢によれば「当時の人間は、義務は十二分にしょわされていたのであり、あらためてそれを宣言する必要は少しもなかった」[17] ためである。

アメリカやフランスに遅れて成文憲法を制定した国々の憲法には、義務に関する規定が見られるようになる。フランクフルト憲法やプロイセン憲法、大日本帝国憲法などである[18]

20世紀以降は所有権は義務をともなうという考えが採用された[18]。「所有権は義務をともなう」という条文があるヴァイマル憲法は従来の憲法に比べて極めて多くの義務を規定しており、兵役の義務(133条2項)、納税の義務(134条)、教育の義務(120条)、就学の義務(145条)、名誉職の仕事を引き受ける義務(132条)、公の役務に服する義務(133条1項)、土地所有者の耕作・利用の義務(155条3項)などが規定された。

1948年イタリア憲法でも教育の義務(30条・34条)、祖国防衛と兵役の義務(52条)、納税の義務(53条)、憲法法律遵守義務(54条)が定められた。またドイツ連邦共和国基本法においても子供の保護・教育の義務(6条二項)、兵役および良心的兵役拒否者に対する代役の義務、国民の憲法擁護義務(5条3項、33条4項)が規定されており、人権と民主主義を絶対保障した憲法体制を破壊しようとする者は処罰される[18][19]。ながらく義務規定を置かなかったフランス憲法にも現在では憲法的効力を認められた文書のなかに義務規定が存在する(1958年第五共和制憲法前文)[20]日本国憲法中華人民共和国憲法大韓民国憲法、1993年ロシア連邦憲法、1949年インド憲法などにおいても憲法における義務規定は存在している。19世紀的義務が変わらず科せられている一方で、勤労の義務や環境に関する義務など20世紀になって新たに導入された義務規定が登場するなど、多様化している[21]

権利と義務との関係から憲法に人民の義務について記述すべきだとの主張があり、「教育を受けさせる義務」や納税の義務、あるいはその対等物として参政権を保障すべきだとの主張がある[22]
憲法上の外国人の義務

国民の憲法上の義務については多くの議論がなされているに対して、外国人の当該法適用領域における憲法上の義務に関する議論はほとんどなされていない[23]のが現状である。藤本によれば憲法上の外国人の義務を解するには憲法上に保障される権利と対等である必要はなく、条約および慣習により流動的に調整すればよいとする。

すなわち、憲法には人権規定のみならず義務の規定も置かれるのが通常であり19世紀型憲法から20世紀的憲法に移行するにつれその数も増え内容も多様化しているとはいえ、憲法上の義務は人権と異なりすべて後国家的なものであり憲法で具体的な内容を定めるとしてもおのずから限界がある。それゆえ人権を制限する可能性のある憲法上の義務はなるべく限定的に解し、明示されていない義務は法律レベルで対処すべきとする。
脚注[脚注の使い方]^ スタンフォード哲学百科事典「Constitutionalism」
^ a b 重松克也「人権そして立憲民主主義に基づく法教育の意義と題」『法の科学』第47巻、日本評論社、2016年9月、154-157頁。 
^ a b c d e f フェラマン・1990
^ 樋口1992420頁
^ 樋口1992・421頁
^ 芦部・5頁
^ 樋口1992・420頁、芦部・5頁、佐藤・4頁、高橋・14頁、長谷部・8頁
^ 丸山政己「国連安全保障理事会に対する立憲的アプローチの試み : 予備的考察」『山形大学紀要. 社会科学』第40巻第1号、山形大学、2009年7月、33-63頁、.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}CRID 1050282677558311296、ISSN 05134684、NAID 110007572366。


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