細菌による感染症は1929年に初の抗生物質であるペニシリンがイギリスのアレクサンダー・フレミングによって発見されるまで根本的な治療法がなかった。抗生物質は、多細胞生物が遺伝子が膜で被覆される真核細胞であるのに対し、細菌が遺伝子が膜で被覆されない原核細胞であるという違いを利用して細菌(真正細菌)にだけに効くようにした薬品である[9]。
1935年、ドイツのゲルハルト・ドーマクは初の広域合成抗菌薬であるサルファ薬を開発、発表した。サルファ薬は生物由来ではないため、抗生物質とはされない。抗生物質とサルファ薬の開発は、感染症治療に新しい地平を切り開いた。なお、サルファ薬に抗マラリア作用があることはドーマク自身によって確かめられており、ニューモシスチス肺炎、MRSA、ハンセン氏病、尿路感染症や前立腺炎、ノカルジア症といった感染症には治療用としてサルファ薬が用いられる。
一方、ウイルス感染症には抗生物質が効かず[9]、今なお患者自身の免疫に頼らざるを得ない部分が大きい。ウイルスが感染した細胞は増殖したウイルスが細胞外に出ていくことによって死滅し、さらに別の細胞に入り込んで増殖を続ける[9]。宿主細胞が次々と死滅することに耐えられない患者は死亡するわけであり、したがって、ウイルスにとっては、他の個体に感染させ続けることが生き残りのための条件となる[9]。こうしたウイルスの増殖を抑えるために開発されたのが抗ウイルス薬であるが、細菌や原虫など細胞を有する生物とは異なり、個々のウイルスの分子生物学的な形質はきわめて多様であり、感染力も種類によって異なる[9]。それゆえ、それぞれのウイルスに応じた治療薬が必要である。たとえば、インフルエンザに対しては、オセルタミビル(商品名「タミフル」)、ザナミビル(「リレンザ」)、ペラミビル(「ラピアクタ」)、ラニナミビル(「イナビル」)、アマンタジン(「シンメトレル」)などといった抗インフルエンザ薬が知られており、日本で開発されたファビピラビル(「アビガン」)は2014年に西アフリカで大流行したエボラ出血熱の治療にも効果があることが認められた[10]。
ワクチンは、無毒化したウイルスを体内に入れることによって免疫力を高め、実際に感染した際に急激にウイルスが増殖することを抑制する医薬品である[9]。天然痘ウイルスについては、アジア地域においては、古くから人痘接種法がおこなわれてきた。1796年、イギリスの医学者エドワード・ジェンナーは初めて種痘(天然痘ワクチンの投与)をおこない、これが天然痘根絶への道をひらいた。こののち、ルイ・パスツールらによって「予防接種」の概念が広くゆきわたるようになった。
1950年代、ジョナス・ソークとアルバート・サビンの2人はポリオ(急性灰白髄炎)に有効なワクチン(ポリオワクチン)を開発して、後にこれをほぼ制圧することに成功した[11]。ポリオウイルスとの長期にわたる闘いのなかで築かれてきた、コールドチェーン、マイクロプランニング、サーベイランスシステム、緊急オペレーションセンターといったインフラストラクチャーは、他の感染症を予防・制圧するうえでも大きな役割を担っている[11][12]。 人類はその誕生以来、疾病に苦悩してきたと推測され、長い狩猟・採集生活のなかで、チンパンジーからマラリア、オナガザルから黄熱病、イヌ科哺乳動物から狂犬病といった感染症に罹患した可能性がある[13]。ただし、小集団で行動し、人口密度の希薄な時代にあっては感染集団が全滅するなどしてしまえば、それ以上感染が拡がることはなかったものとみられる[13]。その後、農耕が開始し、あるいは定住生活へと移行して集落が発生し、人と人、さらに人と家畜が接近して生活するようになると、人間と感染症の関係は劇的に変化した[13]。
人類史と感染症
農耕・牧畜のはじまりと感染症