牧畜の開始によって動物との接触が増え、農業の開始によって定住化が進行し、都市が形成されると感染症の流行が頻繁に起こるようになった[14]。『旧約聖書』や『新約聖書』、古代中国文明やギリシア文明の古典、『ヴェーダ』をはじめとする古代インドの文献には、結核、ハンセン病、コレラ、天然痘、マラリア、インフルエンザ、麻疹、ペスト、狂犬病、肺炎、トラコーマと考えられる、さまざまな症状の感染症が登場する[13]。
農業の開始が感染拡大に大きな影響をあたえた感染症にはマラリアや住血吸虫症がある[15][16]。灌漑のためにつくられた水深の浅い水路や溜め池は昆虫や巻き貝などの宿主の棲み処となった[15]。蚊が媒介するマラリアは、農業の開始とともに人びとの間でも流行が始まり、およそ4800年前から5500年前の古代エジプトのミイラからもマラリア原虫のDNAが見つかっている[15]。住血吸虫は河川や湖沼に生息し、巻き貝を宿主とする生活史を営んでいるが、メソポタミアやエジプトにおける初期の農耕社会ですでに蔓延しており、日本には水田耕作とともに弥生時代に持ち込まれたと考えられている[16]。
人類の移動と病気の拡散「シルクロード」および「世界の一体化」も参照
東アジアと西アジア・地中海世界をつなぐシルクロードは、絹や漆器、紙などを西方に、宝石やガラス器、金銀細工や絨毯などの文物を東方にもたらしたが、同時にさまざまな感染症を交換させた[17]。天然痘や麻疹は西から東に運ばれ、ペストは東から西へともたらされた[17]。こうした感染症に対し、人びとは免疫をもたなかったので、東西でパンデミックが生じ、多くの人命が失われた[17]。
シルクロードの東西それぞれの起点となった漢帝国と古代ローマは、大人口を抱えて繁栄した当時の超大国であったが、2世紀以降、時を同じくして感染症の大流行が発生し、人口が激減し、帝国の分裂と混乱を招いた[17]。11世紀以降繰り返された十字軍遠征、また、それによって活発化した交易もまた、ヨーロッパ大陸にペスト菌による感染症拡大をもたらしたと考えられる[17]。13世紀のユーラシア大陸で巨大な版図を有することとなったモンゴル帝国では、シルクロードの大部分が支配下に置かれることとなり、ユーラシアを横断する交易をいっそう拡大させたが、感染症もまた東西に拡散されることとなったのである[18]。
コロンブス交換緑の地域(南北アメリカ大陸やオセアニア周辺)が大航海時代の新世界「コロンブス交換」および「大航海時代」も参照
コロンブス交換(Columbian Exchange)は、1492年ののち発生した東半球と西半球の間の植物、動物、食物、奴隷を含む人びとなど甚大で広範囲にわたる交換を表現する時に用いられる言葉で、1492年のクリストファー・コロンブスの新世界の「発見」にちなむ。その結果、トウモロコシとジャガイモは18世紀のユーラシア大陸できわめて重要な作物となり、ピーナッツとキャッサバは、東南アジアや西アフリカで栽培されるようになるなど、世界の生態系、農業、文化の歴史において重大な出来事となった。