感染症の歴史
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隊商などによってイランシリアパレスティナに拡大し、エジプト、さらにチュニスなどの北アフリカを経てヨーロッパに感染を拡大させた[18]。特にイランやエジプトでは猖獗をきわめ、人口の3割をこの時期のペスト感染で失ったとみられる[18]。この時期のヨーロッパにおけるペストの感染爆発には、10世紀から14世紀にかけての比較的温暖な気候を背景に起こった「中世農業革命」と称される技術革新とのかかわりを指摘する見解がある[33]。それによれば、鉄製農具の性能が格段に向上して三圃制が普及し、食糧増産が可能になったものの相次ぐ開墾によって森林が急速に農地に転用されたため、ネズミの天敵(猛禽類やキツネ・オオカミ)が激減、一方、人口増加と都市の発生により人間や家畜の排泄物、肉の解体クズ、ゴミの投棄などネズミの繁殖に好適な環境が生まれた[33]。そこに、異常気象の発生によって深刻な食糧危機が生じ、人びとの抵抗力が弱まっているところにペストが蔓延したというのである[33]

ペスト菌の存在がわからなかった時代には大流行のたびに原因が特定の人びとにおしつけられ、魔女狩りが行われたり、特にユダヤ教徒をスケープゴートとして迫害する事件が続発した[34]1664年から翌年にかけての「ロンドンの大疫」(the Great Plague of London)と称される大流行もよく知られており[32]、18世紀前半の「マルセイユの大ペスト」も甚大な被害をもたらした流行として有名である。なお、1833年から45年にかけてのエジプトの流行は、それほど大規模なものではなかったが、患者が初めて熟練の医師によって科学的に究明された点で画期的な意義を有するものであった[32]
ハンセン病「ハンセン病の歴史」も参照ハンセン病に冒されたウォリングフォードのリチャード(英語版)

歴史上では「レプラ」、「らい病」などとよばれてきたハンセン病は、らい菌によって引き起こされる感染症である。感染力はきわめて弱く、器具や動物の介しての間接的な伝染はほとんどなく、進行も遅い病気で、皮膚末梢神経が冒される[35][36]。遺伝性はなく、現代では特効薬があり、薬で完治することも判明している[35]。白い斑点が皮膚上に現れるほか、顔面が変形したり、指が欠損するといった患部の変形を引き起こす[36]。運動麻痺や顔面神経麻痺、発汗異常、眉毛・頭髪の脱落をともなうこともある[36]。そのため、世界史上では、感染力が弱く致死性に乏しいという病気の実態以上に、人びとに恐怖感をもってとらえられ、あらゆる疾病のなかで最も、患者が誤解や偏見にもとづいて理不尽な差別にさらされてきた病気である[35]

ハンセン病はまた、元来は熱帯フランベジアと同様、少人数集団でみられる感染症であり、慢性疾患であることから罹患者はすぐに死亡せず、感染源として生存しつづける傾向にある[37][注釈 6]。ハンセン病の場合、膿汁・鼻汁・唾液などに直接接触することによってのみ感染し、潜伏期間も長く、感染しても発病するのは2?3パーセントと低かったため、らい菌に繰り返し接触する機会の多い同一家庭内で頻発していた[36]。そのため、かつては遺伝性のものと誤解され、しばしば「業病」とみなされ、患者は穢れた存在とみなされた[38]。一方で、ハンセン病とそれ以外の重篤な皮膚病を区別することは、近代以前においては難しく、「らい(癩)」といった場合、それは単なる皮膚病・感染症というだけでなく、一種の社会的身分を意味していた[38]

イエス・キリストがレプラの患者に触れて治癒させた奇跡の記述が『新約聖書』『ルカによる福音書』にあり、イエスの絶対愛のあり方を物語っている[39]。日本では、光明皇后が医療施設である「施薬院」「悲田院」を皇后宮職として設置したほか、らい病患者の膿を吸い取り、臭気ただよう患者の背中の垢を擦った伝説が史書にのこっている[40]

十字軍の東方遠征により、ヨーロッパには多数の天然痘患者とハンセン病患者がもたらされたと考えられている[41]。十字軍遠征において、パレスティナではハンセン病に罹患した兵士を看護するためラザロ看護騎士団が組織され、エルサレムのらい院では患者の救済がおこなわれた。なお、英邁で知られるエルサレム王国の国王ボードゥアン4世はハンセン病患者とみられている。ヨーロッパでは13世紀をピークとして流行し、各地にハンセン病の隔離施設ができた。この時代、全ヨーロッパで1万9000か所ものハンセン療養所(レプロサリウム)が建設されたといわれる[35][42]。ハンセン病患者は、健常者に対し、自分に近づかないよう警告するためのフラヴェルというカスタネットを携帯することとなっていた[41]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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