悪魔・魔王を指す西洋語の「デビル」 (英: Devil, 独: Teufel) はヘブライ語のサタンのギリシア語訳ディアボロス (古希: Δι?βολο?、羅: Diabolus) から派生した言葉であり、キリスト教の神に敵対する存在を指す。
悪魔とも悪霊とも和訳される西洋語の「デーモン」(フランス語読みで「デモン」とも)の語源は、ギリシア語のダイモーン(古希: δα?μων、ラテン翻字 daimon)である(デーモンを指す西洋諸語 英: demon, 独: Damon はギリシア語のダイモーンから派生した)。ダイモーンのラテン語綴り daemon はキリスト教的文脈においてほぼ悪霊・悪魔の意味で用いられている。英語でも daemon は demon と同様に [di?m?n] と発音され、ギリシア神話のダイモーンの意味で用いられる場合もあるが、悪霊としての demon の別綴りとして用いられることもある[8]。
デビルとデーモンはいずれも、ラテン語で神を意味するデウス (deus) と同様に、サンスクリットで神を意味する語である「デーヴァ」(???、女性形は「デーヴィー」 ????)と同じ印欧祖語の語根 div (輝く)の派生であるという説もある[9]。
英語での悪魔の俗称「オールド・ニック Old Nick」は北欧神話の「オーディン Woden」に他ならないという説がある[10]。
キリスト教の悪魔悪魔を踏みつけるミカエル
堕落の教理アウグスティヌス 『神の国』
教父たちは、かつては神に仕えた天使の罪について論じた[11]。中世のスコラ学では善良な天使と邪悪な天使との人間の交流についての思弁的な論究が交わされた。13世紀に入ると悪魔の存在が現実の危機として考えられるようになり、より具体的、現実的な考察が行われるようになった。特に悪魔と人間の肉体交渉について神学者は関心を寄せ、教義の一つへと発展していった[12]。
なかでも、当時絶大な権威を持っていた神学者トマス・アクィナスは、悪魔(インキュバス、サキュバス)は人間の姿をとって人間と交わることが可能であり、神の許しのもとに人間にあらゆる害を与える力があると主張し議論を決定づけた[12]。
キリスト教神学では、神に対して謀反を起こした堕天使(サタン)の手先である。神学では、人間を誘惑して堕落させ、カトリック教会を滅ぼそうとするものとされた。また、角、翼・蹄・尻尾などを持つ姿で表現されるほか、黒い影でも表現された。一方で、教化のため教会が利用した[13]。
近代的な合理主義的思考が定着するにつれて、悪魔は言い知れぬ恐怖の存在から、より具体的、肉体的な実在性を帯びるようになる[14]。1632年に発生したルーダンの悪魔憑き事件
(英語版)のような悪魔の仕業とされる事件や、悪魔憑きの現象や対抗措置としての悪魔払いは、近現代に至るまで否定されることなく続いている[14]。ギリシア語の旧約および新約聖書では悪霊的存在がダイモーン(またはダイモニオン)と記されており、使徒パウロ、教父アウグスティヌスは、異教の神と悪魔を同一のものとして記述している。アウグスティヌスは『神の国』第10巻において、人を欺くダイモーンの危険性を指摘した新プラトン学派の哲学者ポルピュリオスの不徹底を批判し、ダイモーンはすべて悪霊であって、異教の神々は悪霊が偽装したものであるとした[15]。
11世紀の東ローマ帝国の知識人で宮廷の有力者でもあったミカエル・プセルロスは悪魔学の著作を遺している (Greenfield, Traditions of Belief in Late Byzantine Demonology を参照)。新プラトン主義的な発想や民俗的デーモン観を取り入れたプセルロスの鬼神論は、東方正教会の中心地であったコンスタンティノポリスで重んじられたほか、ラテン語訳されてルネサンス期に西方教会の領域にも広まった[16]。 悪魔は罠を用いるとされる[17][18]。悪魔に立ち向かうようにと勧められてはいるが[19]、全世界は悪しき者の配下にあるとされているため[20]、悪魔の罠を見破るのは一般人には容易ではない。 イスラームの文化においては悪魔はアラビア語で「シャイターン」という。
悪魔の罠
イスラムの悪魔