悪魔が来りて笛を吹く
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堀井母娘を度々訪問し親交を深めており、実の父を知らないという境遇が似ていたことから、当時は血縁がないと認識していた戸籍上の姪・小夜子と惹かれ合い、夫婦の契りを結ぶ[注 18]1944年(昭和19年)6月に出征し、1946年(昭和21年)5月に復員した後、八方手をつくして小夜子の消息を探した結果、同年夏ごろにおたまを探し当てて小夜子の自殺を聞かされ、淡路にある妙海尼(おこま)の庵の住所を聞き出して訪ねる。そして、小夜子の自殺理由を激しく問い質し、自身の呪われた出自と小夜子が異母妹であった事実を知り、小夜子と自分とのための復讐を誓う。利彦と同様の左肩の痣を証拠に椿英輔に名乗り出て、「三島東太郎」と命名され椿家の書生になった。
堀井小夜子(ほりい さよこ)[注 19]
駒子が新宮利彦に犯されて産んだ娘。一彦の異母姉に当たる。1924年(大正13年)6月頃に誕生。幼少の頃から母親に似て美しく、どこか常に憂いを帯び、寂しげで影のある美人。実の父が誰か知らずに育つ。戸籍上の叔父(戸籍上だけの話で血縁はないと本人達は認識していた)治雄と恋仲になり、出征前に夫婦の契りを結び、将来を誓い合う。治雄が出征している間に妊娠が判明。恋人であり胎児の父・治雄が自分の異母兄であるという呪われた事実を母親に教えられ、苦悩し耐えられなくなり、1944年(昭和19年)8月末、妊娠4か月の治雄の子供を宿したまま青酸加里を呷り自殺した。位牌に記されている戒名は「慈雲妙性大姉」。
堀井源助(ほりい げんすけ)
駒子の亡夫で小夜子の血の繋がらない戸籍上の父親。河村辰五郎の弟子の植木職人で、通称「源やん」。旅館・三春園の女将から「みっともない顔」と評される顔立ち。辰五郎から玉虫家の別荘で妊娠させられた駒子を押し付けられる形で結婚した。駒子より7歳年上。押し付けられた駒子に打つ、蹴る、髪を引きずり回す等の暴力を振るっていた。植木職人は辞めて須磨を去った後は神戸で土方のようなことをしており、身持ちを崩した。治雄が19歳で就職するより、かなり前に死去している。
三島家
三島省吾(みしま しょうご)
本物の三島東太郎の父親。椿英輔の旧友。1942年(昭和17年)頃、岡山県立第×中学の
教頭を務めたことがあった。1943年(昭和18年)、脳出血により死亡。
三島勝子(みしま かつこ)
三島省吾の妻。本物の東太郎の母親。1944年(昭和19年)、岡山市大空襲の際に死亡。
三春園(さんしゅんえん)
おかみ(氏名不明)
須磨寺にあった玉虫家の別荘近隣の旅館・三春園の女将。40歳。須磨を訪れ、単身旅行者を泊めてくれる宿がなく困っていた英輔を気の毒に思い、特別に泊める。三春園の家付き娘で、自分の娘時代、夏に玉虫伯爵が別荘に遊びに来る親戚を連れてよく食事に来たのを憶えており、特に同じ年頃で、旅館に親族で食事に来た際、声を掛けてくれた秌子が印象に残っている。ほか、玉虫家に雇われていた植木職人の辰五郎とその娘駒子・幼少期の小夜子について知る。
番頭(氏名不明)
三春園の番頭。英輔を淡路島へ送った明石の漁師を見つけ出した。
おすみ
三春園の女中。色は白いが不美人。利口[注 20]な娘で優れた観察眼を持つ。椿英輔の須磨滞在中、元玉虫家の別荘跡地にて暗い面持ちで立ち尽くす英輔を目撃した。また、外出から帰った英輔の外套やズボンから潮の匂いがして魚の鱗が付着していたことや、英輔が旅行を秘密にしようとしていたという話から、漁船で淡路に行ったことを推理する[注 21]
その他
飯尾豊三郎(いいお とよさぶろう)
「天銀堂事件」の犯人。英輔とよく似た顔立ちの好男子。早い段階から最有力容疑者と目されていたが、英輔に容疑が向けられる過程で容疑者リストから外れ、そのままになっていた。善悪の区別が無い、道徳的に不感症のような男だが、治雄のことは戦後の闇市で初めて出会ったときから苦手だったという。真犯人である証拠を治雄に握られて椿家の事件の共犯となったが、用済みになり治雄により惨殺されて芝の増上寺の境内で
猿股のみの遺体が発見された。
芳村作造
英輔を淡路島へ送った明石の漁師。目的地が釜口村であったことを覚えていた。
慈道(じどう)
妙海尼(おこま)を山の中腹にある尼寺に住まわせるよう世話をした、隣村の法乗寺の住職
映画
1954年版

『悪魔が来りて笛を吹く』は1954年4月27日に公開された。東映、監督は松田定次、主演は片岡千恵蔵。詳細は「悪魔が来りて笛を吹く (1954年の映画)」を参照
1979年版

悪魔が来りて笛を吹く
監督
斎藤光正
脚本野上龍雄
原作横溝正史
製作角川春樹
橋本新一(プロデューサー)
出演者西田敏行
宮内淳
斉藤とも子
二木てるみ
夏八木勲
鰐淵晴子
仲谷昇
音楽山本邦山
今井裕
主題歌榎本るみ「旅行く者よ」
撮影伊佐山巌
編集田中修
製作会社東映東京
配給東映
公開 1979年1月20日
上映時間136分
製作国 日本
言語日本語
配給収入7億3000万円[10]
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ポータル 映画
プロジェクト 映画

『悪魔が来りて笛を吹く』は1979年1月20日に公開された。製作・配給、東映。監督は斎藤光正、音楽は山本邦山今井裕。主演は西田敏行[注 22]
原作との相違


お種は小夜子と同一人物であり、東太郎(治雄)との複数犯行である。

東太郎の指が欠損しているという設定は無く、したがってフルートの運指に関するトリックも無い。

東太郎とお種は椿家でも兄妹と認識されている。

三島東太郎という偽名の由来は不詳だが、戦争中に英輔の当番兵だった人物(故人)の息子ということになっている。

原作とは逆に、治雄は利彦と妙海尼(俗名は駒子ではなく妙子)の子であり、小夜子が利彦と秌子の子供である。

治雄と小夜子は互いに異母兄妹であると知らされても別れることができず、小夜子はお腹に子供を宿したまま手首を切って自殺しようとした。治雄が自殺を止めるが、苦しみとショックのあまり彼女は流産した。

東太郎は英輔の須磨行きの往路に随行していたが、そのことは隠していた。それを金田一に見抜かれ、その様子を見ていた美禰子が激怒し、東太郎が美禰子と金田一を三春園まで案内することになる。東太郎は現地で合流した山下刑事と共に先に帰京し、金田一は板宿と福原(原作の新開地から変更)を調査した後、美禰子を帰らせて単独で淡路へ向かう。

妙海尼の死因は、息子・治雄の犯行を知っての首つり自殺に変更された。原作で妙海尼を殺害する飯尾は神戸や淡路島に現れない。

利彦が偽電報で皆を追い出したあと、早く帰ってきた美禰子に利彦との情事を目撃されてしまった秌子は、鎌倉の別荘に移ることを決意する。

東太郎(治雄)とお種(小夜子)は信乃を納戸に監禁して自分たちだけが鎌倉の別荘へ随行する。そして、2人から怒りと憎悪をぶつけられた秌子は、窓から飛び降りて自殺する。

砂浜で服毒による心中を図り、先に息絶えた小夜子の後を追うように虫の息の治雄の心情を慮り、金田一は妙海尼の自殺の事実を伏せて淡路島の母親は元気だと嘘をついて安心させる。

ラストシーンでは、妙海尼が墓守をしていた淡路島の墓地に治雄と小夜子の墓が建てられており、美禰子が金田一と共に訪ね、そのあと船で次の事件に向かう金田一に高台から別れを告げる。

キャスト


金田一耕助 - 西田敏行


椿秌子 - 鰐淵晴子


三島東太郎(河村治雄) - 宮内淳

椿美禰子 - 斉藤とも子


お種(小夜子) - 二木てるみ

新宮華子 - 村松英子

菊江 - 池波志乃

妙子(妙海) - 北林早苗


椿英輔 - 仲谷昇

山下(刑事) - 藤巻潤

目賀重亮 - 山本麟一

新宮利彦 - 石濱朗


お玉 - 京唄子

うめ - 村田知栄子

天銀堂店長 - 中田博久

お信乃 - 原知佐子

沢村(刑事) - 三谷昇


作造 - 中村雅俊

電報局局員 - 秋野太作


植松 - 角川春樹

雑炊屋 - 横溝正史


千代 - 中村玉緒(特別出演)

風間敏江 - 浜木綿子(特別出演)


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