性染色体
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ヒロハノマンテマは祖先型の雌雄同株植物から、雌性・両全性異株の植物を経て、雌雄異株に進化したと考えられており、この過程で常染色体から性染色体への分化がおきたものと考えられている[* 8]。雌雄異株化は、マンテマ属が確立した後に属内の異なる種で独立に2回生じたと推定されている[* 8]。その時期は2,400万年-800万年前であると推定[* 9]されており、被子植物の成立(1億3千万年-9千万年前)に比べて比較的に新しい時期の出来事であるとされている[* 8]

有羊膜類の性染色体の変化については、次のように考えられている[2]。常染色体から分化直後の性染色体は、XY・ZWのどちらの性染色体組合せとも性決定関連遺伝子の有無以外は大きな差が無かった。雌で相同対になるX染色体、および雄で相同対になるZ染色体は、その後の進化過程において逆位などの構造変化や、遺伝子量補償によって雌雄の遺伝子発現量を等しくする機構の獲得などの変化があったものの、その大きさについては維持されてきた。X染色体・Z染色体の遺伝情報量が維持されてきたという仮説は、1967年に大野乾によって提唱されている(大野の法則[7]

一方、有羊膜類の雄のY染色体および雌のW染色体は、正常な個体ではそれぞれ1本単独で存在するため、X/Z染色体と異なった進化をするようになった。一般には、Y/W染色体はその上に存在する遺伝子を失い、その大きさについても小型化する傾向がある[2][8][* 10]。この傾向は有羊膜類動物の種によっても異なっており、オキナワトゲネズミでは長大な反復配列を含み哺乳類としては比較的大きなY染色体を持ち[* 11]、鳥類[* 12]・爬虫類[5]には染色体の形態でのW染色体とZ染色体と判別が難しい例も含まれている(ヘビ類の例 ⇒写真最上段インドニシキヘビ[5])。また、植物のY染色体の中にはX染色体より大きいものも観察されている[* 8]( ⇒写真例[9])。

哺乳類のX染色体とY染色体には、擬似常染色体領域と呼ばれる相同性が残っている領域があり、その領域では乗換えも起きる。Y染色体独自の構成になった部分は大量の反復配列に占められるようになっている。鳥類のW染色体は、哺乳類のYとX染色体に比べると、Z染色体との相同部分を多く残している[2]

哺乳類のY染色体の小型化については、アマミトゲネズミやトクノシマトゲネズミのようにY染色体を失い雌雄ともにX染色体のみをもつXOの構成になった種や[* 11]、同じくネズミ上科に含まれるモグラレミングのようにXO型の性決定方式に変化したものも存在する[* 13][1]。これらの種では、哺乳類で共通である性決定遺伝子SRYも失われており、代わりとなる別の性決定様式が生じていると考えられている。単孔類でもSRY遺伝子は見つかっていない[* 14][4]
研究史[ソースを編集]

染色体は1842年にカール・ネーゲリ により、塩基性色素で染色される細胞内の構造物として発見された。1888年その構造物を「染色体 (chromosom)」と命名したのはヴァルデヤーである。1902年にウォルター・S・サットンにより染色体が遺伝子の担体であるとする染色体説が提唱され、1920年ごろまでにはモーガンらにより実証された。

ドイツの生物学者ヘルマン・ヘンキングが、細胞分裂のときに他の染色体とは異なり相同染色体とのペアを作らない特殊な染色体をカメムシ(ホシカメムシ)の精巣細胞で見つけたのは、1890年であった[* 15]。彼はその意義に特に気が付かなかったらしく、この染色体をXと命名したに過ぎなかったが、その後アメリカのマックラング(1902年)やステベンス(1905年)などによって多くの動物で発見され、それが性の決定と深い関係があることが認められ[* 4]、このX染色体が雌雄で存在する数が異なる性染色体であることが判明した[* 16]

植物の性染色体は1917年に苔植物の一種Spaerocarposで最初に報告された[* 1][10]。種子植物の性染色体は1923年に、木原と小野がスイバにおいて、Santosがカナダモ、Blackburnがヒロハノマンテマ、Wingeがホップセキショウモ・ヒロハノマンテマなどにおいて、それぞれ独立に発見した[* 1]

1949年カナダの神経生物学者マレー・バーは、ネコの神経細胞において細胞分裂を起こしていない細胞核中に濃く染まる構造物を見つけた。彼は、細胞当たり各1個含まれているこの構造物が雌特異的であることから、これを「性染色質(sex chromatin)」と命名した[11]。この「性染色質」は一般に「バー小体」と呼ばれることとなり、性別の判定検査で利用されるようになった[* 17]1959年大野乾は哺乳類の雌の二つのX染色体が、一つは常染色体のように見え、他方は凝集してヘテロクロマチン状に見えることを示し[12]1960年にはバー小体が雌の2本のX染色体のうちの片方であることを示した[* 18]。この現象はX染色体の不活性化と呼ばれ、遺伝子量補償のために起こると考えられている。

鳥類のZ染色体でも遺伝子量補償の機構があり、雌雄での遺伝子の発現を均等化するものと考えられている[* 6]。しかしながら、その機構は哺乳類のX染色体の不活性化と異なっており、比較的狭い染色体領域あるいは一部の遺伝子において発現抑制が起きていることが判明してきている[* 6]
脚注[ソースを編集]

一般脚注・日本語文献^ a b c d 小野知夫「高等植物の性決定と分化」(『最近の生物学』第4巻)
^ Z染色体・W染色体の名称は正式にはX染色体・Y染色体であるが、雄ヘテロ型・雌ヘテロ型の区別を容易にするため通常はそれぞれZ・Wと表記する(『岩波生物学辞典』)。
^ 東京農工大学農学部蚕学研究室『昆虫の性染色体』
^ a b 吉川・西沢(1969)p.142「性染色体と常染色体」
^ 参考資料の『岩波生物学辞典』、東京農工大学農学部蚕学研究室『昆虫の性染色体』、小野知夫「高等植物の性決定と性分化」31ページ、松永幸大「高等植物の性決定機構」、西田千鶴子「鳥類の性染色体進化」より作成
^ a b c 西田千鶴子「鳥類の性染色体進化」『生物の科学 遺伝』2009年1月号
^ 松原和純「ヘビにおける性染色体の分化過程」『生物の科学 遺伝』2009年1月号
^ a b c d 松永幸大「高等植物の性決定機構」『蛋白質核酸酵素』第45巻
^ PLoS Biology (2005). “Evolution of Sex Chromosomes: The Case of the White Campion”では約1千万年前と記述
^ 『X染色体:男と女を決めるもの』83-92ページ。
^ a b 黒岩麻里「Y染色体を失った哺乳類,トゲネズミ」『生物の科学 遺伝』2009年1月号
^ 八杉竜一ら編「性決定」『岩波生物学辞典(第4版)』- ダチョウを例に挙げてあるが、近年の報告(西田千鶴子「鳥類の性染色体進化」)によれば判別は可能である。


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