急性灰白髄炎
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この部位の神経細胞の破壊は脳神経に支配される筋力を低下させ、脳炎症状を引き起こし、呼吸困難、発話障害、嚥下障害を招く[6]。この型のポリオによって影響を受ける神経で重要なのは舌咽神経(嚥下と喉の機能、舌の運動、味覚を部分的に支配)、迷走神経(心臓、小腸、肺へ信号を送る)、および副神経(上頸部の運動を支配)である。嚥下機能に対して与える影響により、粘膜分泌物の気道流入が増加、窒息を招く[31]。他の徴候、症状として顔面麻痺(頬、涙管、歯肉、および顔面と上記の構造の周囲の筋を支配する、三叉神経と顔面神経の破壊によって生じる)、複視、咀嚼困難、呼吸数、呼吸深度、呼吸リズムの異常(呼吸停止に進行しうる)がある。肺水腫ショックも生じる事があり、死に至る事がある[37]
延髄脊髄ポリオ

全麻痺型ポリオ症例のおおよそ19%は延髄症状と脊髄症状の両者を示し、この型のポリオは呼吸障害型ポリオ (respiratory polio)、あるいは延髄脊髄ポリオと呼ばれる[2]。この場合、ウイルスは頸髄の上部(頸椎のC3からC5まで)に障害を与え、横隔膜の麻痺が生じる。この型のポリオで影響を受ける神経で重要なのが横隔神経(横隔膜を動かして肺を膨らます)と嚥下に必要な筋を支配する神経である。これらの神経を破壊する事で、この型のポリオは呼吸に影響し、患者は人工呼吸器による補助無しには呼吸困難、あるいは呼吸不可能な状態となる。また、腕や脚の麻痺を生じうる他、嚥下と心機能にも影響を与える事もある[38]
診断

患者が急性に脱力麻痺を一本ないし数本の四肢において発症し、他の明らかな原因無しに麻痺した四肢の腱反射が減衰ないし消失し、かつ知覚や意識の消失が無い場合、臨床症状から麻痺型ポリオが疑われる[39]

通常、実験室的な診断は糞便試料か咽頭拭い液からポリオウイルスを分離することによって行われる。ポリオウイルスに対する抗体にも診断的価値があり、発症初期の試料とそれから3週間後の試料を比較し、力価が4倍増加した場合はポリオウイルス感染が示唆される。ただし、入院時には既に多量の抗体を検出することがあり、力価の増加は必ずしも検出されない[2]腰椎穿刺によって得られる患者の脳脊髄液の解析は、白血球数(基本的にリンパ球)の増加やタンパク質レベルの軽度増加を証明する。脳脊髄液からのウイルス分離も麻痺型ポリオに対する診断的価値を持つが、めったに検出されない[2]

急性脱力麻痺に陥った患者からポリオウイルスが分離された場合はさらにDNA指紋法や、最近ではPCR法によるさらなる検査が行われ、分離されたウイルスが野生型(自然感染によって感染するウイルス)か、それともワクチン株(ポリオワクチンを生産するために用いられる株に由来するウイルス)かを明らかにする[40]。野生型ポリオウイルスによって生じる麻痺型ポリオ症例一件につき、200から3000人の感染性を持つ不顕性キャリアが存在すると算出されるため、ウイルスの感染源を明らかにするのは重要である[41]
治療

ポリオには特異的な治療法は無い。治療の焦点は、対症療法による不快症状の緩和、回復の補助、合併症の予防に置かれてきた。支持療法は萎縮した筋の感染を防ぐ抗生物質、痛みを緩和する鎮痛薬、軽い運動、栄養療法を含む[42]。ポリオの治療はしばしば長期に渡るリハビリを必要とし、作業療法理学療法、運動療法、装具装着、靴型装具装着などが行われ、そして整形手術が行われる事もある[37]

移動型の人工呼吸器が、呼吸の補助のために必要になる事もある。歴史的に患者が自発呼吸をできるようになるまで(一般的に1週間から2週間)、鉄の肺とも呼ばれる非侵襲的な陰圧呼吸器が、急性ポリオ感染時における人工的な呼吸の維持のために使われた。現在では永続的な呼吸麻痺を持つ多くのポリオ生存者が胸から腹を覆う、近代的なジャケットタイプの陰圧呼吸器を使用している[43]

他にも歴史的ポリオ治療法として水療法電気療法、マッサージと受動運動、腱伸長法や神経移植などの外科療法などが行われた[7]
予後ポリオのために右足が変形した子供。

不全型ポリオの場合、患者は完全に回復する。無菌性髄膜炎のみに終わった場合、症状は2日から10日継続するが、これも完全に回復する[44]。脊髄ポリオの場合、ポリオウイルスの影響を受けた神経細胞が完全に破壊されると、麻痺は永続的となる。一方で神経細胞が破壊されず、一時的な機能不全に陥った場合は発症後4から6週間で回復する[44]。脊髄ポリオ患者の半分は完治し、四分の一が軽度の障害を持ち、残りの四分の一は重度の障害が残る[45]。急性期の麻痺も生涯にわたる麻痺も、その重篤度はウイルス血症の度合いに比例し、かつ免疫の強度に反比例するようである[30]。脊髄ポリオが死に至る事は珍しい[31]

呼吸の補助が無い呼吸器症状を伴う急性灰白髄炎の帰結は窒息分泌物の吸入による肺炎を含む[43]。麻痺型ポリオ患者全体で5 - 10 %の患者は呼吸筋の麻痺が原因で死に至る。致命率は年齢によって異なり、小児で2 - 5%、成人で15 - 30%までの患者が死亡する[2]。延髄ポリオは呼吸補助が無いとしばしば死を招く[38]。呼吸補助があれば致命率は患者の年齢によって25から75%の幅をとる[2][46]。間欠性陽圧呼吸器が利用できれば致死率は15%まで低下しうる[47]
回復

急性灰白髄炎の麻痺は多くの場合一時的なものである[7]。麻痺していた筋への神経刺激は1ヶ月以内に復活し、通常6から8ヶ月で完全に回復する[44]。麻痺型急性灰白髄炎の回復に関する神経生理学的行程は完全に効果的であり、元々の運動ニューロンが半分失われたとしても筋肉は正常な機能を維持できる[48]。感染後12から18ヶ月後に筋力がわずかに回復する事もあり得るが、麻痺が1年経過してもなお継続する場合は永続的な麻痺になるようである[44]

ポリオからの回復に関わる修復機構の一つに神経終末端の発芽がある。この機構によって脳幹や脊髄の運動ニューロンは新たな枝分かれや軸索発芽を構築する[49]。新しい分岐はポリオ感染の急性期に神経支配を失った筋繊維に再び神経刺激を与える事ができ[50]、筋繊維は収縮能力を回復して強度を改善できるようになる[51]。終末端の発芽は数本の著しく肥大した運動ニューロンを生み出し、肥大した運動ニューロンは以前の4から5倍の仕事をこなす[32]。例えば、ある運動ニューロンが元々200本の筋繊維を支配していた場合、その運動ニューロンは800から1000本の筋繊維を支配するようになる。リハビリの段階において生じ、筋力の復元に寄与する他の回復機構として、運動による筋繊維肥大と、II型筋繊維I型筋繊維への変換がある[50][52]

以上のような生理学行程に加え、生体は麻痺の後遺症を持っていても機能を維持するために代償機構を数多く持っている。代償機構には弱い筋を本来の収縮能力を超えて用いたり、元々あまり使われない筋の運動能力を成長させたりする事が挙げられる[52]
後遺症

麻痺型ポリオにおいて、後遺症となる合併症は、回復期の最初の段階に続いて発生する[6]。筋の不全麻痺と麻痺は骨格の変形、関節の拘縮、運動障害を生じる事がある。一旦四肢の筋が脱力状態に陥ると、他の筋の機能までを妨害する。この他の筋の機能妨害によって生じる典型的な徴候が尖足(内反足に似た状態)である。尖足のような骨格の変形は、つま先を下に下げる筋(底屈)が働く一方でつま先を挙げる筋(背屈)が働かない時に発生し、足は自然と倒れ込むようになる。


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