思考
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しかし、実際にはそれぞれが生存繁殖する上で必要な刺激情報を感覚的に取り入れて行う本能行動に過ぎず、たとえ学習を経て会得した高度な行動パターンでもこの域を出ない[28]

例えば、メスダニ交尾を終えると哺乳類が通り過ぎるのを待ち、その体へ移る。だが動物が通ることは非常に稀で、そのためダニは場合によっては数年間も待ち続け、数少ない機会を選択して飛び移る。この行動は一見外部情報をダニが選択し、思考を巡らせて飛ぶか否かを決めているように見える。しかしその実態は動物の体が放つ酪酸に反応するだけで、あらかじめ身体に仕込まれた反射行動でしかない。を守る親鶏の行動も思考し選択をしているように見えるが、これも雛の鳴き声という部分的な信号によって誘発される行動であり、見掛け思考をしているようであってもその実は限定された感覚的情報に突き動かされた本能的反応でしかない[28]

人類に近いチンパンジーについて、ドイツの心理学者ヴォルフガング・ケーラーは、手が届かないバナナ道具を使って取らせる実験(『類人猿の知恵試験』[29])を行い、思考についての考察を纏めた。それによると、とバナナが同じ視野に入らない場合、チンパンジーがバナナを獲得することは非常に困難になる。また、無用なものも含めた複数の道具がある状況では、成功するまで数々の道具を使った試行錯誤を繰り返す。これらは、バナナを見つけたチンパンジーは本能からそれを手に入れることへ行動エネルギーがベクトル[要曖昧さ回避]化され、実は有用な道具類も同時に見えない限り意味を見出せず、視線を外したとたん切捨てられる傾向があるためである。また、複数の道具の有用性を事前には想像できず、試さなければ判らないという点も汲み取れる[28]

これら本能行動には無駄が存在する余地は無く、感覚器が収拾する情報は狭い選択範囲に限定されている。これに対し人間は、文明を築き上げ本能行動に依存しない生存環境を作り出したこと、そのために生きるための環境への適応能力を失ったがゆえに雑多な外的情報を無秩序に受け入れる余地を得た。さらにアルノルト・ゲーレンによれば、人間は生物としての衝動的なエネルギーが本能によって方向づけされていないために、関心とも言い換えられる衝動エネルギーが生存の維持とはさほど関係しない事象にまで向けられる特質を持つと言う。そして、この一見無駄とも思えるエネルギーが無秩序な世界を把握する方向に向けられた結果が、自然の制御など人類が生存できる環境の作り変えに発展した[28]

さらに人間は、一旦眼にしたものを言語化して記憶し、それを後に取り出して別な場面で関連付けることができる。それは経験に裏打ちされた過去の情報でも可能である。このような後天的な学習で得た情報を使ってなにかしらを判断することが思考であり、これは人間のみが獲得した特質と言える[28]
思考の生理的解釈

人間の高次神経系を3つに分けて説明したイワン・パブロフは、思考とは大脳皮質の言語神経系(第二信号系)が行う概念化の活動と考察した。ただしこの第二信号系活動は原始的・情動的活動を司る第一信号系と本能的な体系部分と切り離されている訳ではなく、密接に関連し合いながら相互に影響を与える[30]

心理学者・神経科学者のポール・マクリーン(en)は「内臓脳」/「辺縁系」と「三型階層性脳」説を唱えた。これによると、人間は進化の過程で言語野である大脳皮質を発達させた。そうして他者や集団とのコミュニケーションが行われ、抽象的概念を用いた思考を獲得し、動物的な情動を抑え、洞察するという手段を手に入れた[30]

脳における思考のメカニズムは、感情や記憶・学習などと同様にシナプスの働きを基盤としており[31]電気生理学分子生物学手法にて研究が行われている[32]光トポグラフィーを用いた実験では、論理的な思考には脳の右半球下前頭回 (inferior frontal gyrus) 領域が活発な活動を起こすことが示された[33]

一方で、神経エネルギーの観点から思考を解説し、これらと身体行動との関連も説明されている。感覚によって喚起された感情や思考は、別の感情や思考を起こす引き金になり連続的に続く。これは神経エネルギーの流れが作用する現象である。一方で、この神経エネルギーは思考・感情だけでなく身体活動にも影響するため、これら3つの要素は関連性を持っている。例えば、身体を激しく動かすと思考や感情に注がれるエネルギーは相対的に低下し、逆に思考へ極端に集中すると活動や感情は抑えられる[34]
思考と情報コンピュータなどの情報機器は、思考を手助けする有効なツールである。

思考とは、心に色々な事柄を思い浮かべる(心像:mental image)行動を通じて、それらの関係を構築する作業である。この心像には、五感で受け取った像(知覚心像)と、それらを脳内で再構成した像(記憶心像)があり、思考ではこの2種類の心像を複数照会し合いながら同定し、判断に至る作業を行う[35][36]

思考は人間が直面する問題を解決するために問題と状況を「理解」し「解」を導き出す心の働きである点から、対象について多角的なアプローチが行われつつ検討が繰り返されるため、漸進的でありかつ累積的に進むところを特徴とする。また、思考は心の働きではあるが閉じている訳ではなく、外部から得る情報を取り込みながら行われる[37]。この情報とは、短期記憶や思考する際に五感から得られた外的情報でなければならない事は無く、過去に得た知識を用いた[38][6]経験的な長期記憶連想などだけでもよい[14]

コンピュータなど情報機器は、思考を支援することができる。思考する対象の情報を得て理解する段階にて、情報を得る早さや検索機能など適切な情報に行き当たる確率の向上、そして絶対的な情報の多さや統計的な整理、図案化など理解しやすい表現などが可能となる。また、具体例を示したり、情報の属性に応じた検索などは洞察を深め発想に繋がる。記憶の蓄積や操作、整理統合にも役立ち、この点は思考過程を一部外化していることになる。これらの思考支援機能の各要素を同じ環境下に備える「統合的思考支援環境」の開発は、情報処理機器の研究開発が目指すひとつの目標となっている[37]
思考の過程

思考とは、何らかの事象へ反射的に行われるものではなく、複雑な内的過程を経て結論へ導かれる考え[39]である[6]。この過程を段階的に捉える試みは数多くあり、多様な説明がなされている。

次の例では、思考過程を5つの過程で説明する。1) 分析では、単位情報をそれが持つ要素や性質まで分解すること 2)総合では、分解した要素や性質に着目し情報を結合させること 3)比較では、分解した要素や性質を比較して情報間の相違や類似部分を洗い出すこと 4)抽象では、情報の本質は何かを見出すこと 5)概括では、見出した情報の本質をまとめ上げることである[2]

思考には不可欠である言葉(ロゴス)と関連させ、思考‐言語を相関させた3段階で成された説明もあり、これは思考の「概念」「判断」「推理」を言語の「名辞」「命題」「推論」の作用と対応させている。思考は先ず、「概念 (concept)」の形成から始まる。これは複数の対象に共通する特徴を把握し、それらを包括的・概括的に認識することにあり、対象群を抽象化する過程、本質的な特徴を見極めること[40]でもある。この把握された特徴は言葉によって表され(「名辞」)、概念として認識されることになる。このような特徴は、名辞された言葉が持つ意味内容と紐付けされた内包 (intension) 要素と、言葉が適用される対象の範囲を示す外延 (extension) 要素の2つで構成される。概念が構成されると、次にそれらを組み合わせて大きな単位を作る段階である「判断 (judgment)」 ‐言語単位では「命題 (proposition)」 ‐に入る。これは対象である存在 (being) とその性質や特徴を示す属性 (attribute) または複数の対象間にある関係 (relation) について、主語客語‐連辞という文章形式で組み立てられる[41]。判断が構成されると、次にこれを前提に置いて結論が導き出される[42][43]。この過程は「推理 (inference) 」‐言語単位では「推論」‐と呼ばれ、ひとつ以上の真実と思われる判断を元に、別の判断を真実とみなす思考の作用である[40]。この推理を進める方法には、経験を排除し論理に基づいて結論を導く演繹的推理と[44]、個別事情を勘案しそこから一般的な結論を見出す帰納的推理がある[45]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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