心的外傷後ストレス障害
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PTSDを持つ人はしばしばアルコール依存症薬物依存症といった嗜癖行動を抱えるが、それらの状態は異常事態に対する心理的外傷の反応、もしくは無自覚なまま施していた自己治療的な試み(セルフメディケーション)であると考えられている。しかし、嗜癖行動を放置するわけにはいかないので、治療はたいがい、まずその嗜癖行動を止めることから始まる。
治療詳細は「PTSDの治療(英語版)」を参照

心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関するエビデンスは集約されつつあり、精神療法においては認知行動療法EMDR、ストレス管理法などが有効である[2]。成人のPTSDにおける薬物療法SSRI系の抗うつ薬であるが、中等度以上のうつ病が併存しているか、精神療法が成果を上げないあるいは利用できない場合の選択肢である[3][9]

SSRIの種類としては、パロキセチン(パキシル)とセルトラリン(ジェイゾロフト)、フルオキセチン(プロザック、日本では未承認)などが選択肢とされる。

おそらく効果がないとされているものは、薬物療法においてはベンラファキシン(イフェクサー)であり、精神療法においてはデブリーフィングと指示的カウンセリングである。
心理療法「消去 (心理学)」も参照

様々な技法に共通する、援助の基本方針は次の通りである[10]

心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こしたトラウマ体験は、非常に苦痛で過酷なものである。したがって、患者の苦しみやつらさに対して共感的に接することが重要である(例:「本当につらい体験をされましたね、よくがんばってここまでいらっしゃいました」)。

患者は、PTSD症状を自らの弱さと考えていることが多い。したがって、PTSDは誰にでも起こりうる病態であることを説明する。

出来事の原因が自分にあると自らを責める患者には、「(加害者が悪いのであって)あなたは悪くないのですよ」などと伝え、自責感を軽減することも効果的なサポートとなる。

患者が必要な司法支援や生活支援、被害者支援等を受けられるよう、適切な支援機関(社会的資源)につなぎ、医療と福祉が共同で包括的支援を届けられる体制を整える。

持続エクスポージャー療法

持続エクスポージャー療法は、トラウマに焦点を当てた認知行動療法であり、セラピストとの会話を通じて心的外傷に慣れていく心理療法で、国際的に推奨されている。しかし、一方で有効性に限界がある。また、技法に精通していなければストレス症状を強めるため注意が必要である。

持続エクスポージャー療法の構成要素の一つとして現実エクスポージャーがあり、トラウマ記憶が頻繁に思い出されトラウマに関連する物事・場所・状況などへの恐怖や回避がある場合に用いられる技法となっている。この技法を通して、治療者のサポートのもとそのような物事・場所・状況などへ段階的に直面していくことで、「再び同じ被害にあうことはない」「今まで回避してきた物事・場所・状況などが安全であった」という気づきを得て、トラウマへの恐怖感を和らげていく[11]

治療導入時には、丁寧な心理教育を通してトラウマ症状と治療原理の理解をサポートするとともに、患者とのラポール(信頼関係)の形成を行う[12]。不安時に用いることができる呼吸法についても教示しておくことが望ましい[12]。全体を通して、患者がつらい経験を共有してくれていることを常に頭に置き、支持と共感を示すことが重要である[11][12]
EMDR

EMDR(眼球運動による脱感作および再処理法)は、睡眠における眼球が動くレム睡眠の際に、記憶が消去されていることに着目した技法である。
対人関係療法

対人関係療法では、トラウマとなった出来事(過去)ではなく、トラウマに影響を受けている対人関係のあり方やそれに対する感情等(現在)に主な焦点を当て、心地よい対人関係を築いたりさまざまなソーシャルサポートを受けたりできるよう支援することなどを通して、トラウマからの解放をサポートする[13]。対人関係療法における予備研究では、症状のスコアCAPSで50点以上の未治療の110人をランダム化して14週間の試験を実施し、CAPSスコアを30%以上改善させた患者の比率は、有意差はないが、対人関係療法では63%と持続エクスポージャー療法の47%よりも高い反応率を示し、曝露なく治療できる可能性を示した[14]
認知処理療法

認知処理療法(CPT)は、認知再構成を中心に構成される治療プログラムである。患者を行き詰まらせトラウマ体験からの回復を妨げているスタックポイント(自責感・恐怖感・絶望感など)を発見し、和らげたり修正したりすることが目標の一つである[15]。これを通して、「自分は悪くなかった(自責感の軽減)」「今の状況は安全で安心できるものである(恐怖感の軽減)」「自分はだめな人間ではなくこれから様々な良い経験ができる(絶望感の軽減)」というような考えを形成できるようサポートしていく[16]
トラウマフォーカスト認知行動療法

トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)は、子どものトラウマ治療に用いられるプログラムである。基本となる構成要素は、「PRACTICE」の頭文字で表される8つであり、心理教育とペアレンティングスキル(Psychoeducation and parenting skill)、リラクゼーション法(Relaxation)、感情表出と調整(Affective expression and modulation)、認知コーピング(Cognitive coping)、トラウマナラティブとプロセッシング(Trauma narrative and processing)、実生活内での段階的曝露(In vivo mastery of trauma reminders)、親子合同セッション(Conjoint child-parent sessions)、将来の安全と発達の強化(Enhancing future safety and development)から構成される[17]。十分に有効性が実証されたプログラムであり、今後の普及・発展が望まれる[17]
トラウマナラティブとプロセッシング

トラウマ記憶が感覚運動的・身体的記憶(頭に残る鮮烈なイメージ)としてとどまってしまっており、叙述的記憶(言葉にできる通常の記憶)になっていないため、フラッシュバックが生じるとされる[18]。この理論を基に、トラウマ記憶を叙述的記憶にできるよう、トラウマ記憶を言葉で表現するトラウマナラティブが行われることがある[18]。トラウマナラティブとは、トラウマ体験時の状況や感情をありのままに話すことであり、話し手はどのような状況や感情を話してもよく、治療者や支援者がどのようなものも温かく受け止める[19]。その後、トラウマナラティブで表出された認知(自分を責める考えなど)を、機能的な認知(自分を肯定する考えなど)へと修正していくことをサポートする、プロセッシングが行われる[18]。このトラウマナラティブとプロセッシングも、有効な治療構成要素である[18]
心的外傷後ストレス障害(PTSD)の弁証法的行動療法

心的外傷後ストレス障害(PTSD)の弁証法的行動療法 (DBT-PTSD) とは、境界性パーソナリティ障害の治療法として開発された弁証法的行動療法 (DBT) を、PTSDの治療用に応用再設計したものであり、ランダム化比較試験によって有効性が示されている[20]
セルフヘルプ

認知行動療法は、認知のクセを修正することを目的とした心理療法である。読書を通じて、認知のクセを修正する手順を自助的に行うための書籍も販売されている。

また、認知行動療法のほうが効果的であるが、ストレス管理法は広く利用することのできる選択肢である[3]
急性ストレス期のデブリーフィング「急性ストレス障害#デブリーフィング」も参照

PTSDの予防法として心理的デブリーフィング(緊急事態ストレスマネジメント)が一時期提唱された。


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