徳川家継
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忠臣蔵の恋?四十八人目の忠臣?(2017年、NHK)

映画


大奥(2006年、演:澁谷武尊

漫画


よしながふみ大奥』(白泉社

脚注[脚注の使い方]
注釈^ 過去にさかのぼれば鎌倉時代の惟康王(後の惟康親王)が数え3歳で征夷大将軍に任ぜられており、家継はそれに次ぐものである。
^ 家継の幼名・鍋松から、間部(間鍋)詮房が父という説があるが、俗説で信憑性は低い。
^ 家継の死により、徳川将軍家における第2代将軍・秀忠以来の血統は断絶となった。ただし、秀忠の血統は家継が死んだ時点では会津松平家越智松平家でそれぞれ続いており、あくまで徳川将軍家の中で断絶となったのに注意を要する。
^ この時点では第3代将軍・徳川家光の男系子孫は残っており、家継の叔父にあたる松平清武とその子(家継から見れば従兄)清方享保9年(1724年)に死去して断絶した。女系子孫では家光の唯一の娘千代姫の血筋が現在まで存続している。

出典^ a b c d e f g h i j k l 続群書類従完成会 1970, p. 56.
^ 続群書類従完成会 1970, p. 54.
^ 一条兼香「兼香公記」正徳2年12月14日条
^ 山口、2017年、P211-213
^ 山口、2017年、P211・213-214
^ 篠田達明『徳川将軍家十五代のカルテ』(新潮新書2005年5月ISBN 978-4106101199
^ 鹿児島県史料刊行委員会 編「御家譜」『鹿児島県史料集』 Y、鹿児島県立図書館、1966年3月31日、83頁。NDLJP:9769552。 (要登録)

参考文献

「徳川幕府家譜」『徳川諸家系譜』 第一、続群書類従完成会、1970年7月30日。NDLJP:12211158。 (要登録)

山口和夫「霊元院政について」(初出:今谷明・高埜利彦 編『中近世の宗教と国家』(岩田書院、1998年)/所収:山口『近世日本政治史と朝廷』(吉川弘文館、2017年) ISBN 978-4-642-03480-7

関連項目

海舶互市新例 - 家継の代に制定された。

外部リンク

『徳川家継
』 - コトバンク


徳川家継の系譜

                 

 16. 徳川秀忠
 
     

 8. 徳川家光 
 
        

 17. 豊臣達子
 
     

 4. 徳川綱重 
 
           

 18. 岡部重家
 
     

 9. 於夏 
 
        





 2. 徳川家宣 
 
              





 10. 田中時通 
 
        





 5. 田中保良子 
 
           













 1. 江戸幕府7代将軍
徳川家継 
 
                 





 12. 勝田清崇 
 
        


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