鯉城通り(国道54号)の本通横断歩道に面する革屋町ビルには街頭大型ビジョン「NAVIA」も設置されている。現在の道路は広島市道であり、路面には「西国街道」、「革屋町」、「平田屋町」などかつての町名を記した9個の石碑が埋め込まれている。 かつての西国街道(近世山陽道)の一部である。原爆により一旦は壊滅状態となったが復興し、1954年(昭和29年)にはアーケードを設置し、1992年(平成4年)にアーケードの架け替えを行った。商店街の西の原爆ドームや広島平和記念公園も程近く、原爆で壊滅するまでは中島町(中島本通商店街)まで商店街が続いていた。 先代の本通のテーマソングは無名時代の由紀さおりが歌唱[3]。 1965年の町名再編前は、「革屋町」・「鉄砲屋町」・「研屋町」・「西魚屋町」・「播磨屋町」・「東魚屋町」・「平田屋町」・「細工町」・「猿楽町」・「横町」などの町名だった。 広島電鉄の以下の路線・電停が利用できる。 アストラムライン本通駅下車。 国道54号線と本通交差点で交差する。 アパレル店、飲食店、雑貨店等が営業しており、店舗の多くは広島本通商店街振興組合に加盟している。戦後の高度経済成長期以降、近代的なビルへの建て替えが進んだが、西国街道時代に創業した老舗店も存在している。 行政区が本通以外になる物については、施設の頭に☆を付けている。施設の規模が大規模である、または老舗(1957年以前ある店舗)について(□)特にリストアップしている[4]。
歴史
町名の変遷
江戸時代の広島城絵図。南側外堀から2本目の道であり、他より太い赤線が引かれている。
被爆後の東を望む。写真中央の建物が当時のランドマーク「下村時計店」で、写真上部の建物が「キリンビアホール」つまり現在の広島パルコにあたる。
スタンディッシュ・バッカス作の水彩画『広島、1945年』。手前を横断する道が本通り。
被爆後の京橋町付近から西を望む。写真上部の中洲が中島町であり、そこから斜め右下にかかる橋が元安橋、橋から下へ伸びる道が本通りになる。
1950年代のアーケード
広島東洋カープ優勝時のアーケード照明(2016年)。カープにちなみ赤色。
カープ応援セール(2007年)
2013年ひろしまドリミネーション
サンフレッチェ広島優勝時のアーケード装飾(2012年)
交通広島電鉄本通電停アストラムライン本通駅 出入口本通駅周辺
バス
広電バス・広島バス
本通りバス停・紙屋町バス停下車 ほか
郊外バス・高速バス
広島バスセンター
路面電車
宇品線
本通電停下車
本線
紙屋町西電停・紙屋町東電停・立町電停下車
新交通システム
道路
商店街内の主な店舗・施設
複合施設広島パルコ本館サンモール本通ヒルズ本通ヒルズ前には黒田博樹の石碑がある
広島パルコ本館 - 4館体制で営業中。1994年に本館がオープン。キリンビヤホール跡地を再開発し開業。中四国唯一のパルコである。2001年に隣接地の再開発ビルに新館がオープン、2013年に広島宝塚会館跡地に「広島ZERO GATE」がオープン、2016年に「広島ZERO GATE2」がオープンした。
□☆サンモール - 広極商店街を再開発して誕生した商業ビル。核テナントはゆめマート。
□本通ヒルズ - 多山文具・渡部陶苑(食器店)が設置・入居するテナントビル。
家電・IT機器
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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