広島ホームテレビ
[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

11月18日 - 予備免許付与[9]

12月25日 - 商号を「株式会社 広島ホームテレビ」に改め、会社を設立[9]


1970年(昭和45年)

9月15日 - 試験電波を放射開始。当初はテストパターンが流された[10]

10月1日 - 試験放送を開始[11][補足 4]。同日中に第一期ホームシスターズがデビューしている[11]

12月1日、日本教育テレビ(NETテレビ、現・テレビ朝日)の系列局として開局[補足 5]。民放テレビ局の開局は、広島県内では3局目(先発2局(中国放送と広島テレビ放送)はVHF局であり、UHF局としては、本局が初めて[補足 6])。NETテレビ制作の番組の他、系列外の日本テレビとフジテレビの番組も、開局とともに放送を開始した(当時HTVはNTV・CX2系列のクロスネットであり、HTVの編成上の都合で放送できなかったあぶれ番組をネットしていた事情による。詳細は後述)。当初の略称は、「UHT(UHF Hiroshima-Home TVの略)」であった。


1974年(昭和49年)4月1日、ANN(All-nippon News Network)に加盟。

1975年(昭和50年)10月1日、テレビ新広島(TSS)が開局。これにより開局以来ネットしていた一部のフジテレビ系の番組がTSSに、一部の日本テレビ系の番組が広島テレビ放送(HTV)にそれぞれ移行。同時に、わずかながら中国放送(RCC)で放送されていたNETテレビ系の番組が同局から移行して、NETテレビ系(ANN)フルネット化が完了した(民教協制作番組は、引き続きRCCが継続)。

1983年(昭和58年)10月27日、マスター設備を更新[12]

1985年(昭和60年)11月14日、音声多重放送開始。中国地方のテレビ朝日系列フルネット局で最初に音声多重放送を開始した[12]

1986年(昭和61年)4月1日、CI実施。それに伴い、略称をUHTからHOME(ホーム)に変更[13]

1991年平成3年)3月、広島ホームテレビ20年史を発行(広島ホームテレビ20年史編纂委員会 編集、167ページ。社史を発行したのは、この時だけである)。

1997年(平成9年)1月7日、在ペルー日本大使公邸占拠事件で、ANNの一員として取材を行っていた本局の取材チームが、ANN代表として「MRTA側の声明を取材し全世界に発信する」という目的で大使公邸への立ち入りを試みた。

2000年(平成12年)開局30周年を迎えてマスコットキャラクター「ぽるぽる」が誕生し、関連グッズも発売された。

2006年(平成18年)地上デジタル放送開始。

2010年(平成22年)開局40周年。

2011年(平成23年)7月24日、正午で地上波アナログ放送の一般放送終了。23時59分までに停波。

2013年(平成25年)1月、2012年(平成24年)の年間視聴率(1月2日 - 12月30日)で、ゴールデンタイムプライムタイムの2つの時間帯で開局初の首位を獲得。全日でも2位の好成績を上げた[14]

2015年(平成27年) 開局45周年特別番組「キニナルてれび」を放送。

2016年(平成28年)4月18日エムキャスにて『ぽるぽるTV』として全国配信を開始(試験放送は4月11日開始)[15]

2020年(令和2年)12月1日 開局50周年。

ネットワークの移り変わり

1970年(昭和45年)12月1日、NETテレビの系列局として開局。ANN発足後、初の新規開局でもある。

開局時、中国放送広島テレビ放送から大半のNETテレビ系列番組が移行される。

また、広島テレビの編成から外れた日本テレビフジテレビの番組も多く編成されていた一方で、本局の編成から外れた一部の番組が在阪局毎日放送読売テレビ関西テレビ)制作分も含めて中国放送や広島テレビで放送されていた。


1975年(昭和50年)

3月31日、腸捻転解消により、ANNの準キー局が毎日放送から朝日放送に変更。中国放送と関西発全国ネット番組を交換し、広島ホームテレビ・中国放送・広島テレビの3局で放送されていた毎日放送の番組が中国放送に一本化されたが、ごくわずか朝日放送制作番組が中国放送の編成に残った。

10月1日、テレビ新広島の開局によりフジテレビの番組が同局へ、日本テレビの番組が広島テレビへ、それぞれ移行。この他、中国放送や広島テレビから民間放送教育協会制作分を除いて移行されずに残っていた番組が移行され、NETテレビ系列フルネット化完了。ただし、1979年(昭和54年)頃までは編成から外れた一部の番組が中国放送で番販で放送を継続していた。


新聞資本とテレビネット

広島ホームテレビ(UHT→HOME)はANN系列に属し、朝日新聞の関係会社に位置付けられる。

開局当初は中国新聞の株式保有率が後年よりも多く、報道面でも自社での製作体制が整っていなかったため中国新聞社ラジオテレビ部に依存していた。この名残で、1980年代初期まで一部曜日のローカルニュースが「中国新聞ニュース」の名称で放送されていた。さらに毎日新聞産経新聞や後述の読売新聞・日本経済新聞も出資していた。

その後、広島ホームテレビは自社での報道体制を整え、新聞社とキー局による系列支配が強まる中、それまで中国新聞・朝日新聞・毎日新聞が均等に出資し役員も各々から派遣されていた時代もあった中国放送(RCC・TBS系)との間で、1988年昭和63年)に中国新聞と朝日新聞が広島ホームテレビと中国放送の多数の株式を交換して保有比率を調整したため、広島ホームテレビは朝日新聞色が、中国放送は中国新聞色が強くなった。しかし、中国新聞と広島ホームテレビとの資本関係は上位10社以内に入らない範囲に縮小しつつもも継続され、友好関係も維持し、イベントの共催を行ったり、時期により中国新聞のCMも放送されることがある[補足 7][補足 8]

また、開局時の経緯から、1975年(昭和50年)に系列外となった毎日放送(MBS)[補足 9]や、上位10社以内ではないが読売新聞も株主に名を連ねている[補足 10]

また、かつてはNETテレビの大株主だった日本経済新聞とも資本関係があり、CMが放送されたことがある。

マスコミ関連以外では広島銀行[補足 11]JA共済連が株主として名を連ね、歴代社長には朝日新聞・テレビ朝日系列局関連人物の他に広島銀行出身者が就くこともあるが、2024年6月21日付で就任する次期社長は、開局以来初の生え抜き社員からの抜擢となる。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:320 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef