年齢主義と課程主義
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履修主義と修得主義

年齢主義と課程主義は相互に対立する概念だが、同様な対立する概念として履修主義と修得主義がある。履修主義は授業に出席していれば実際に学力が身に付いたかを問わずに進級または単位取得をさせる考え方のことで、年数主義(後述)と類似した考え方であり、年齢主義ともある程度近い考え方である。

修得主義(習得主義)は実際に学力が身に付かなければ次の課程に進まない考え方であり、課程主義と類似した考え方である。ただし、この節の最後で後述するように必ずしも定義は確定していない。ただしどちらも課程主義の一種と考えることもできる。修得主義は真の課程主義であり、履修主義は年齢主義や年数主義に近い課程主義である。

日本においては、年齢と学習段階のどちらを基準にして進級すべきかという方面の教育制度については、大正期以降に徐々に年齢主義の要素を強めてきた(日本における歴史説にて後述)以前の習慣にならう意識が強い。
年数主義

年齢主義と課程主義とは別の概念として、年数主義(ねんすうしゅぎ)という用語を使用する場合もある。これは日本では年齢主義と同じ意味に用いられる場合も多いが、「在学年齢が何歳であっても、飛び級原級留置を行わずに進級し、一定期間在学すること」という意味合いで、在学期間を増減しない考え方の意味に用いられる場合もある[12]
比較

比較年齢主義年数主義課程主義
学年内年齢一定入学年齢が同じ場合は一定

入学年齢が違う場合は不定不定
学年内学力不定

入学者選抜により一定以上にできる学力別学級では学級内学力は一定不定

入学者選抜により一定以上にできる学力別学級では学級内学力は一定一定
飛び級・原級留置同一制度内であれば不可能

異制度からの転編入では存在不可能可能
高年齢での入学・就学猶予不可能可能
成績不良者に対する対応補習原級留置、補習
成績優秀者に対する対応拡充(発展的な授業)拡充飛び級、拡充

年齢主義の制度においては、在学者の学習段階を考慮せずに一律に進級させることになるため、同じ年齢の生徒が同じ学年に所属し、同年齢集団を形作る。また、成績の良し悪しによって所属する学年が変わらないことから、原級留置になったことによる敗北感・劣等感を与えないことになる。また、平成初期の裁判例においては、体力・社会経験などを考えると、小学校段階、あるいは中学校段階までは同年齢集団での教育が望ましいとの考え方が示されたことがある(神戸市立小学校強制進級事件)。同じ学年に学力が違う生徒が所属することによって起こる問題については、成績不良者に対する補習、成績優秀者に対する拡充(発展的な授業、エンリッチメント)、習熟度別学級編成[13]入学者選抜などの、能力別教育を実施することによって緩和され得る。

年齢主義が特に強い日本の小中学校においては、すでに最高学年の相当年齢を過ぎた人(学齢超過者)に至っては、入学すらできないことになる(学齢も参照)。

また、年齢主義の制度のもとでは、拡充・補習を行うかどうかに関わらず、一定の課程を修了していなくても自動的に学校を卒業することになるため、形式的卒業者が増えることとなる。

また、習熟度にあった十分な教育が行われないと、本人の基礎学力がなくても自動的に進級することになる。

逆に成績が優れている生徒の場合は、授業で教わることをすでに知っていたりすることになる。

また、日本など年齢主義の強い国の学校の場合、年齢主義を取っていない外国の学校などの全くカリキュラムが違う学校で過ごしてきた生徒が編入する際に、以前のカリキュラムと合わない学年に編入されてしまうという問題がある(後述)。これは上学年に編入される場合、望まない飛び級といわれる。

課程主義の制度においては、学力を基準として学習集団を作る。

不登校や身体療養などのための休学の後も、学年は自動的には進級していないため、学級が遅れることになる。

学力のみを進級基準とした制度のもとでは、成績が著しく悪い生徒は何度も原級留置をすることになり、そういった生徒への適切な支援が難しい。また、知的障害学習障害など、学習面で障害がある生徒の場合、進級基準を杓子定規に適用すると、何年たっても最低学年のままになったり、あるいは卒業ができないまま年月だけが過ぎるという問題が発生してしまう。

実際、明治初期の日本の小学校では厳格な進級試験があったため、成績不振の児童や障害児は落第を繰り返し、最低学年に生徒が滞留し、また1度も進級できないまま教育不十分で学校を去ることになった(後述)。

こういった生徒に対しては特別支援学級特別支援学校などの特別支援教育の場で教育するという配慮をすべきだといわれるが、明らかに重度の障害の場合は所属先を迷わずにすんでも、ボーダーライン上にある生徒の場合は、どこからどこまでが健常で、障害なのかを分けることが難しい(境界知能)という問題がある。

しかしながら、学力のみを進級基準とした制度のもとでは、成績が著しく悪い生徒は何度も原級留置をすることになり、そういった生徒への適切な支援が難しい。また、知的障害学習障害など、学習面で障害がある生徒の場合、進級基準を杓子定規に適用すると、何年たっても最低学年のままになったり、あるいは卒業ができないまま年月だけが過ぎるという問題が発生してしまう。

最終的に突き詰めれば、延々と原級留置を続けさせるか、あるいは義務教育を十分に修了しないままドロップアウトとして社会に放り出すか、救済措置として日本の小中学校で見られるような形式卒業を認めるかのいずれかの選択(トリレンマ)を迫られることになる。

言い換えれば、課程主義と、教育期間の上限、全員卒業の3つは同時に達成できないことになる。

成績が振るわない生徒が存在する以上、課程主義と教育期間の上限を達成しようとすれば未修了者を出さざるを得なくなる。

課程主義と全員卒業を同時に達成しようとすれば延々と原級留置させ続ける生徒が出ざるを得ない。

そして教育を受けさせる期間を限定し、なおかつ卒業証書を全員に与えようとすれば、形式的な卒業者を生み出さざるを得ないということである。体格が揃っていると体育の授業がしやすい

年齢主義と課程主義のどちらが生徒にとって優しい制度であるのかについては、はっきりとした答えは出されていない。しかし最近では後述するユネスコやOECDの研究にある通り、世界の教育学者の間では、初中等教育における原級留置の弊害が強く指摘されており(後述)、年齢主義が有力視されている。

世論においては、原級留置になることや同年齢平均者に対して学年が低いことを恥とみなす文化圏では年齢主義が歓迎され、そうでない文化圏では課程主義が歓迎される傾向がある。たとえば心理学者河合隼雄1960年代スイス在住時に、現地の学校では低年齢でも原級留置が行われることに驚いたが、逆にスイスの教員から落第がない日本の教育は不親切だと言われたという話があり、能力のない子供を無理に進級させることは不親切だとスイスでは考えられているとのべている[14]

また、どちらの方式が生徒自身が他人との能力の差を気にしなくてよいのかということも一概には言えない。

特に日本では、ほとんどの小中学校が年齢主義を基本として運営されているという画一的な状態であるため、日本国内での両者の比較は難しいという問題がある(後述)。

もっとも、こういった比較は学齢者の場合であって、学齢超過者の場合は、年齢主義の制度のもとでは原級留置の弊害を議論する以前に入学すらできないという大問題があるので、課程主義または年数主義の制度でしか対応できないことになる。

また、課程主義制度の場合は、同年齢の平均よりも下の学年に在籍していることが、能力的な劣等感・自尊心への悪影響を生むといわれており、実際にその弊害について国際機関の研究も存在する(後述)。
国際機関による指摘

いくつかの国際機関では、義務教育・初中等教育においての課程主義と原級留置の弊害を指摘する声が上がっている。
ユネスコによる原級留置批判

2006年のユネスコ国際教育計画研究所(UNESCO-IIEP)とInternational Academy of Education(IEA[15])による報告書では、留年制度を批判するとともに、自動進級制度を支持した[16]

同報告書によれば、原級留置を余儀なくされた生徒は、原級留置された直後こそ一時的に成績を向上させるが、時間の経過と共に進級した他の同年齢の生徒に対して遅れを取っていく傾向にあるという。

原級留置した学年のテストで良い結果が出ても、その後の学年ではそれらの効果も消えるなど、その効果は極めて短期的であり、長期的に見れば原級留置は逆効果であるという調査結果をまとめている。

不本意な原級留置は学校への社会的、感情的、行動的側面に悪影響を及ぼすとともに、原級留置を受けた生徒にとってそれは罰や社会的スティグマとして受け止められてしまう。

留年経験のある6年生にアンケートを取ると、これまで最も大きなストレスとして留年経験を上げたことも報告されている。下記のOECDの報告書と共通して、自尊心の低下、友人関係の障害、問題行動の増加の他、学校嫌いの増長、中退率の上昇を上げている。自動進級が学力低下につながるとする主張も、デンマーク日本韓国ノルウェースウェーデンの例から否定できるとしている。これらは主にアメリカにおける調査結果であるが、同様の研究はベルギーフランスなど他の先進国でも行われており、こちらも同様のパターン(原級留置は逆効果である)が報告されている。
OECDによる原級留置の廃止提言


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