平清盛_(NHK大河ドラマ)
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ストーリー構成は、第1回から清盛の育ての父・忠盛が亡くなる第16回までを第1部、清盛が平氏一門の棟梁となった第17回から保元の乱と平治の乱を経て公卿となった清盛が嚴島に経典を納める第30回までを第2部とし[9]、第31回をもって第3部に入る[10]。これに合わせてオープニングの映像にも変化があり、第1部・第2部の武者装束の若き清盛が矢を放つカットが第3部では壮年期の清盛が直衣姿で扇を手に舞を舞う姿に差し替えられている。

また第7回より冒頭部分に30秒間の「きょうの見どころ」コーナーが追加されている。作中の複雑な人物背景などを、視聴者に分かりやすく紹介することを目的としている[11]
劇中音楽

劇中音楽を吉松隆が担当し、テレビドラマの音楽を担当するのはこれが初であった[12]

梁塵秘抄』に収められた今様「遊びをせんとや生まれけむ」が「夢中になって生きる」というメッセージ[13]としてドラマ全体を貫くテーマとなっている[14][12]。テーマ音楽に舘野泉によるピアノソロと「普通の子供が普通に口ずさんでいるような」イメージ[12]で採用された子役の松浦愛弓による歌唱で「遊びをせんとや」のメロディが用いられているほか、劇中でも清盛の子守唄として使用された[13]。「遊びをせんとや」のメロディの作曲に当たって、吉松は音声合成ソフトウェア「初音ミク」を使用した[12]

また、「タルカス」より「噴火」「マンティコア」「アクアタルカス」(エマーソン・レイク&パーマー)の吉松編曲によるオーケストラ版と吉松の旧作「5月の夢の歌」が劇中で使用されている。「タルカス」は「イメージソング」的な位置づけ[12]として新番組予告でも用いられた。「5月の夢の歌」はピアノ編曲がされ、清盛を取り巻く家族の心の「絆」のイメージ曲として[12]として使用される。
儀式・儀礼考証

大河ドラマ初の「儀式・儀礼考証」が行われ、様々な宮中行事が再現された。儀式・儀礼考証の担当は佐多芳彦が手掛けた。舞台となる平安時代の貴族社会では儀礼や儀式が政治・交流の場であり、重要であるとの認識からである[15]
作品の反響

しかし、本作は後述するように視聴率的に苦戦した。一方で、若い女性の間ではマニアックな好評も得て雑誌での特集等もされた[16]
視聴率

1月8日に放送された第1回の視聴率は17.3%で、初回としては『功名が辻』(2006年、19.8%)以来の20%割れにして、51作目までの中では3番目に低い数字となった[17]。8月5日放送の第31回は裏番組がロンドンオリンピック女子マラソン中継(関東での平均視聴率が22.5%)だったこともあり、視聴率記録が集計されている1989年以降で最低かつ初の一桁台となる7.8%となった[注 3][18]。さらに第45回で最低視聴率を更新(7.3%)するなど[19]視聴率一桁台は9回にも達した。

全話平均視聴率は12.0%[20]、最高視聴率は17.8%で、ともに『花の乱』(それぞれ14.1%、18.3%)を下回る当時の最低記録となった[注 4]

低視聴率への批判に対して主役の松山が10月26日にクランクアップした際、真摯に作品に臨みながら最低を叩き出すことは最高を達成することと同じように難しいので、むしろ光栄に思う旨の発言をしている[22]
時代考証

この節の記述はノート:平清盛 (NHK大河ドラマ)における合意を元に記述されています。加筆される場合は、ノートでの合意内容にご注意下さい。

初回放送について、物語の舞台となる兵庫県の井戸敏三知事が1月10日の記者会見で「画面が汚くチャンネルを回す気にならない」「もっと華やかで生き生きした清盛を」「ドラマの人気で観光に影響が出る」と批判した[23]。一方、神戸市の矢田立郎市長は1月11日の記者会見で「実際の時代背景、当時の状況も考慮したセットを使っており、制作側の一貫した思いがあると思う。違和感はなかった」と発言している[24]

また本作では法皇・上皇を中心とする「家」を表現する用語として、「王家」という用語が採用され[25]、ドラマ内で「王家」のせりふが多く使われている[26]。時代考証を担当した本郷和人教授も天皇・上皇らをファミリーとして考える概念が出現していないため、当時の言葉では「王家」「天皇家」の用語は使用されていないとし、「天皇家と呼んでも王家と呼んでも、間違いではない」が、制作スタッフの間で天皇の家を何と表現するか真剣な討論がなされ、現在の学界で市民権を得ている「王家」の呼称[27]を採用するよう学問的見地から提案したとしている[28][26]。なお、歴史学者の黒田俊雄が提唱した「王家」という用語には異論も存在している[29]

番組が「王家」という用語を使用したことについてはインターネットなどで「天皇家の権威をおとしめる表現」「皇室もしくは天皇家と呼ぶべき」といった反発がある[26][30][31]。その根拠として歴史的に中国では「皇帝」が最も位が高く、朝鮮など近隣諸国の「王」を従えていると考えられてきたこと[30]、韓国のメディアが日本の天皇を侮蔑の意味を込めて「王」と呼ぶ場合があること[31]などがあるが、本郷は皇室を貶めるものではないと説明している[26][30]

磯智明番組チーフ・プロデューサーは「学説でも『王家』でまとまっているわけではございません」とし、「王家」の使用は「ドラマの中でとどめる」ものと説明している[26]

この問題は同年の参議院総務委員会NHKの予算審議の一質問として取り上げられ、NHK会長が平安末期から鎌倉期にかけての中世史研究の専門家の主張に基づき「王家」という言葉を使用したと回答した[32]
公式Twitter

6月21日の放送(第24回)では、Eテレなどで放送中の番組「ドラマチック・アクターズ・ファイル」の公式Twitterアカウントを利用して、試験的に本作プロデューサーの磯智明が番組解説を行うという取り組みが行われた。19時頃より順次解説をはじめ、20時の番組開始からはリアルタイムでの実況解説を、また番組終了後も視聴者からの質疑応答を交えながら補足解説などを行った。なお同ツイートでは出演者の窪田正孝と高橋愛もコメントを残している。

後に公式アカウントが正式に発足し、2012年10月21日現在のフォロワーは1万8000人を超えている[33]。この企画は7月8日の放送(第27回)以降でも不定期に行われている[34]。こういった放送と同時進行の解説は大河ドラマ史上初のことであった[35]

Twitterが公開した、2012年における会話のトレンドの動向をまとめた「Year on Twitter」では、本作は話題になったテレビドラマの1位を獲得している[35][36]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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