平沢進
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1983年以降は東海楽器製造が製造・販売を行うアルミニウム製ギター「Talbo」を使用[22]。発売直後から、その素材やデザインの特異性に惹かれ使用を続けていた[213]。しかし、長年の使用による消耗から補修を要した際、製造元の東海楽器が経営悪化による影響からTalboの生産を打ち切っており、1994年にTalboと同シェイプのフェルナンデス製木製ギター「PHOTON」を特注にて製作し、代わりに使用していた[212]。「PHOTON」はその後、2014年に改修された際に「PHOTON」は「PHOTON(光子(こうし))」へ改称している[214]

2004年からはTALBO Secret FACTORYが企画し、東海楽器が制作したオリジナルTalboである「ICE-9」を所有[215]。メインのステージギターとして用いられ、2005年にはICE-9に触発されたギターアルバム『ICE-9』が発売されている[216]。2021年にはTALBO Secret FACTORYからTalbo「ICE-9」のシグネチャーモデルが数量限定で販売された[217]

2013年以降は新たなメインギターとして、HISASHIとTALBO Secret FACTORYの共同で制作されたギター「EVO」の平沢モデルである「0101Z」を使用[218]。その後、2018年にネックカラーを変更した新たなEVOとして「EVO-PHYTO ELECTRON」を制作。2021年にはジャズマスターのピックアップ(65年ヴィンテージタイプ)と新たなトレモロユニットを搭載した「EVO-PHYTOELECTRON SEED」を制作[219]。現在はメインギターとしてライブ等で使用されている。

その他、2009年には新たにモズライトギターを導入し、アルバム『点呼する惑星[220]BEACON」のレコーディングで使用されている[221]

2017年のライブ「第9曼荼羅」からはGodin Grand Concert Duet Ambianceを導入し、その後のライブでも使用されている。[222][223]

2018年に購入した「Backlund400」は核P-MODELのアルバム『回=回』の制作、およびライブ『回=回』で使用された[224]

また2020年にはボディーカラーが抹茶色の「Mosrite PHYTOELECTRON」を制作[225]。ライブ「24曼荼羅」において使用された[226]

2024年開催のLIVE「HYBRID PHONON 2566?」において新たに、EVOのデザインを基に新たな平沢モデルである木製のEVO「PLANT-EVO」を制作、開発中のモデルを使用した。本人曰く、「植物性EVO」としている。また、現段階で商品化も検討しており、調整が進められている。
MIDIトリガー

1992年以降はカシオ・FZ-1を、パイプオルガンのパイプのように並んだチューブ管を介して鍵盤を操作する用に改造した、MIDIトリガー「チューブラHz(ヘルツ)」を用いていた[22]。2001年開催の『LIVE SOLAR RAY』以降は節電のため、改造した自転車の車輪(ハブダイナモ発電装置)を用い、その電気で作動させたMIDIトリガーのスイッチを押すことで出音する楽器『グラヴィトン』を使用していた[22]

2008年のライブ『PHONON2551』からはミュージカル・テスラコイル「The Musical Tesla Coil Zeusaphone Z-60」[227] を導入し、2009年のインタラクティブ・ライブ『点呼する惑星』からは発光ダイオードの光を遮ることでMIDIを操作するレーザーハープを使用している[228]。レーザーハープは長年赤外線センサーの横形を使用していたが、2021年のライブ『24曼荼羅』からは最新鋭の認識センサー導入し鳥居形に改造した[229][230][231]

2017年のライブ『第9曼荼羅』以降は、Novation社製MIDIコントローラのLaunchpadを用いたパフォーマンスを、サポートメンバーの会人に行わせている[232]

また、ヤマハ・Miburiの使用者でもあった[233]。このMiburiは専用トリガーが専用着衣の中に内蔵されており、それを着た人間の動きによってシンセサイザーが演奏できると言うシステムである[234]。1995年に行われたライブ『INTERACTIVE LIVE SHOW 1995「SIM CITY」』、『ENDING ERROR』や2001年に行われたライブ『LIVE SOLAR RAY』でMiburiの演奏をしており、同名のライブDVDで演奏している姿が確認できる[235]
レコーディング機材

P-MODEL時代から自宅録音で製作された作品が多数あり、『賢者のプロペラ』以降のアルバムについては全て自宅スタジオのstudio WIRESELFで録音されている[236]

1987年にはCG制作のために導入したAmiga[237] での楽曲制作を開始。1990年代初頭から『白虎野』まではAmiga用ソフトの「Bars'n Pipes」などで制作した音源をレコーディングなどにも流用し[22][190][238]、2003年までのインタラクティブ・ライブは映像オペレーティングもAmigaで駆動されていた[239]。また、この縁から2005年発表の「AmigaOS 4.0」で起動音を手掛けている[190]。なお、Amigaは「今やAmigaを維持するのはクラシックカーを維持するようなもので、コストがかかる」として、現在は全てMicrosoft Windows環境に移行している[22]

2003年の『BLUE LIMBO』以降導入したケークウォークのDAW「SONAR」を中心に[22]、フリーソフトウェア・シンセサイザー「Synth1」や[22]、EASTWEST製「Hollywood Strings」が主な音源となる[116][190]。2017年、Cakewalk製品の生産終了を機に使用DAWをSONARからStudio Oneに乗り換えた。

また、音声合成を80年代末より活用し、当初はAmiga内蔵の音声合成機能「Sayプログラム」を自身の楽曲やライブ演出で使用していた[240]。P-MODELの楽曲「WIRE SELF」「ERROR OF UNIVERSE」、平沢の楽曲「QUIT」「UNDOをどうぞ」などで確認する事ができる[241]

アルバム『パプリカ オリジナルサウンドトラック』収録曲である「白虎野の娘」と、アルバム『白虎野』収録曲である「確率の丘」には「アマチュアでも使っているごく普通の廉価なヴォーカルエンジン」を使用していることを公式サイトで明らかにし、具体的にはLOLAであると明らかにした[242]。また、平沢はこのヴォーカルエンジンを「お姉さん」と呼んでいるという噂があったが、これも同誌の中で本人が否定した。ただし、平沢はヴォーカルエンジンのことを「お姉さんは磨けばプロになる。」と表現している[243]
シンセサイザー

マンドレイク時代にCM音楽や放送劇等の効果音制作を行う会社に務めていた平沢は、[244]会社が所有していたMoogの「Mini Moog」やArpの「Arp Odyssey」「Arp 2600」を使用し作曲していた。[245]

初期のP-MODEL時代には「KORG 800DV」のピンク・ノイズとリングモジュレーターを活用し「ミュージカル・ホッチキス」を開発した。[246] 「美術館で会った人だろ」や「MOMO色トリック」の間奏で使用された。また、「KORG TRITON」「KORG 800DV」「Roland SH-3」を名器・革新的と評価している。 [247]

ソロ活動初期は「KORG M1」を中心に使用していた。90年代のP-MODELやソロ活動において、DAWに完全移行するまでアナログ・シンセサイザーがレコーディングで使用されており、1999年当時は「Roland JD800」や「E-MU Proteus」などを使用していた[248]。 以後のレコーディングではフリーソフトシンセである「Synth1」を使用していた。

2021年にはErica Synthsのモジュラーシンセサイザー「Black System III」の購入を公表[249]


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