平岡正明
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1994年4月1日に中野サンプラザで行われた「筒井康隆断筆祭」に参加。その断筆祭を批判した小林よしのりに対して、著書『筒井康隆断筆をめぐるケンカ論集』の収録の、『「ゴーマニズム」の薄甘い正義』で反論した。

また、横浜の下町・野毛を拠点としたミニコミ、1992年から1994年まで「ハマ野毛」を編集、刊行。横浜に住まう、荻野アンナ田中優子山崎洋子らをはじめ、種村季弘ら多くの文学者が参加していた。また野毛大道芸にもプロデューサー的に関わり、野毛大道芝居には荻野アンナ秋山祐徳太子と共に俳優として11年間参加した。2004年には野毛の「横浜にぎわい座 芸能ホール」で行われる「うま野毛寄席」で、木戸番役としてデビュー。

大量の著書を出しているが、著作はほとんど文庫化されていない(「山口百恵は菩薩である」(講談社文庫)と、「日本人は中国で何をしたか」(潮文庫)「志ん生的、文楽的」(講談社文庫)のみ)。2001年に、四方田犬彦の編集によるベスト集『ザ・グレーテスト・ヒッツ・オブ・平岡正明』(芳賀書店)が刊行されている。

評論は「ジャズ的なノリ」で書かれることが多かったが、「カルチュラル・スタディーズ」の先駆として評価する論者もいる。

2007年に刊行された『若松プロ、夜の三銃士』では、1970年代に書かれた「犯罪的革命と革命的犯罪を称揚」する文章を多数収録したり、また新たに執筆された文章で、韓国に帰国後に問題を起こして評判を落としている金嬉老を「それがどうした。彼は屹立する男根である」と擁護したり、「文化大革命は世界同時革命の一環であった。俺はいまでも文革シンパだ」と記述するなど、平岡の中では「革命/犯罪」思想が生きていることが明らかになった。一方で台湾軍属の楊明雄・戦後補償闘争では楊の意向でともに靖国神社に参拝したが、2005年刊行の『昭和ジャズ喫茶伝説』では、「左翼は靖国に行くべきだというのが、俺の意見だ。戦死した兵隊の鎮魂を、もっぱら右翼と体制側に独占させるのはまちがいだろう」と記述している。

2009年7月9日午前2時50分、脳梗塞のため死去。68歳没。死去後も著書が刊行されている。
受賞

1990年、「大歌謡論」により
大衆文学研究賞評論・伝記部門受賞。

1993年、『浪曲的』により斎藤緑雨賞受賞。

著書

韃靼人宣言(現代思潮社、1964年)

犯罪あるいは革命に関する諸章(現代思潮社 1967年)

ジャズ宣言(イザラ書房 1969年)

地獄系24 平岡正明評論集(芳賀書店 1970年)

永久男根16(イザラ書房 1971年)

ジャズより他に神はなし(三一書房 1971年)

今村昌平の映画(芳賀書店 1971年)

日本人は中国で何をしたか(潮出版社→潮文庫 1972年)

あらゆる犯罪は革命的である(現代評論社 1972年)

中国人は日本で何をされたか(潮出版社 1973年)

犯罪・海を渡る(現代評論社 1973年)

犯罪あるいは革命に関する諸章(大和書房 1973年)

西郷隆盛における永久革命(新人物往来社 1973年)

闇市水滸伝第三文明社 1973年)

マリリン・モンローはプロパガンダである(イザラ書房 1973年)

海を見ていた座頭市(イザラ書房 1973年)

ジャズ・フィーリング(アディン書房 1974年)

歌入り水滸伝(音楽之友社 1974年)

ヒトラー学入門 革命を志す諸君へ(潮出版社 1975年)

南方侵略論(アディン書房 1975年)

スラップスティック快人伝(白川書院 1976年)

油井正一、大森忠、佐々木守ソンコ・マージュ奥成達大山倍達、布川徹郎、上杉清文、新宿「バードランド」主人、瓜生良介赤塚不二夫池田圭[要曖昧さ回避]、羽生道雄、神彰を論じている


魔界転生 クロスオーバー作家論(TBデザイン 1977年3月)

戦後日本ジャズ史(アディン書房 1977年4月)

石原莞爾試論(白川書院 1977年5月)

一番電車まで(ブロンズ社 1977年6月)

歌の情勢はすばらしい(冬樹社 1978年8月)

山口百恵は菩薩である(講談社→講談社文庫 1979年10月)  

完全版 山口百恵は菩薩である(四方田犬彦 (編集)、講談社、2015年6月)


菩薩のリタイア(秀英書房 1980年8月)

日本の歌が変わる(秀英書房 1980年11月)

韃靼人ふうのきんたまのにぎりかた(仮面社 1980年10月)

ボディ&ソウル(秀英書房 1981年1月)

筒井康隆はこう読め(CBS・ソニー出版 1981年3月)

過渡期だよ、おとっつあん part3(ちょっと左翼篇)(秀英書房 1981年4月)

他人の穴の中で(秀英書房 1981年5月)

過渡期だよおとっつあん part 1(美学篇)(秀英書房 1981年9月)

過渡期だよおとっつぁん part 2(喧嘩論集・格闘技篇)(秀英書房 1981年6月)

タモリだよ! (CBS・ソニー出版 1981年12月)

歌謡曲見えたっ(ミュージック・マガジン 1982年4月)

お兄さんと呼んでくれ つっぱりオジサン、一年間の夜想曲 (情報センター出版局 1983年6月)

おい、友よ(PHP研究所 1983年11月)

筒井康隆はこう読めの逆襲(CBS・ソニー出版 1983年12月)

河内音頭・ゆれる(朝日出版社 1984年11月)

シリーズ民間日本学者 長谷川伸 メリケン波止場の沓掛時次郎(リブロポート 1987年4月、のち、彩流社、2011年12月)

マッカーサーが帰ってきた日 テレビはアメリカ占領軍が埋めた地雷か』青豹書房〈青豹選書〉、1987年9月10日。NDLJP:12275589。 

香港喜劇大序説 香港中国人によるもうひとつの文化大革命(政界往来社 1987年12月)


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